野菜ソムリエの思ひ出の味
茄子の揚げ浸し

 僕はかつて茄子が大嫌いだった。食べた時に茄子の皮がキュッキュとなる音が気持ち悪かったし、あの黒光りしている姿が虫を連想させたからだ。見るのも嫌なほどに苦手だった。

 社会人2年目となったある日のことだった。前職の上司に連れて行ってもらった居酒屋で、何気なく食べた料理がなんと「茄子の揚げ浸し」だった。茄子だと知っていたら絶対に箸をつけなかったのだが、その時僕にはその料理が「きのこと油揚げの煮浸し」に見えたのだ。意外なことに、あの見るのも嫌なほどに大嫌いだった茄子が感動するほどおいしかった。揚げた茄子のうま味と出汁のうま味が強烈に口のなかに広がり、後を引く味わいだったのだ。20年以上も長く続いた茄子嫌いが、一瞬にして茄子好きに変わった瞬間だった。
 茄子は揚げる以外にも焼く・煮る・蒸すと調理法は幅広く、多くの調味料や他の野菜とも合わせやすい。特に熱を加えた調理ではうま味の感動が跳ね上がる魅力的な食材だ。どうやら僕の茄子嫌いは、幼い頃においしい体験が出来なかったことが後を引き食わず嫌いになっていただけのようだ。茄子の克服をきっかけに、苦手意識があった他の野菜も徐々に食べてみるようになった。そのうち味覚が慣れておいしく感じられるようになり、もっとおいしいものが食べたいと貪欲に思う様になった。ビールを初めて飲んだ時にあの苦さを嫌いに感じても、慣れていくとおいしく感じるようになる。たぶんそれと同じことかなと思う。

 その5年後。転職をした僕は真冬のモスクワへと出張することになった。現地でいただいた食事は、野菜たっぷりのロシア料理やグルジア料理。茄子やズッキーニの素揚げなど素材そのものの味を堪能するものが多く、シンプルに食べるということに感動した。また、それらの料理とヨーロッパ圏のビールとのおいしさの相乗効果にも深く感動したのだった。
 例えば一般的なビールなら、繊細なホップの香りと味わいが茄子のうま味にほのかな刺激を与え、揚げ油を爽やかに感じさせてくれる。褐色から黒色のタイプのビールなら、茄子の焼き目のスモーキーな芳ばしさとの相性がよく、茄子の甘みやうま味をも引立ててくれるのだ。以来、ビールと野菜料理は出張中の楽しみとなった。

 モスクワから帰国後、ビールと料理のマリアージュという考え方があることを知った。好きになったことを形にしたいという思いで、ビールに関する資格を取り、野菜ソムリエの資格取得へも繋がった。おいしく食べること、ビールと一緒においしい野菜料理が寄り添うこと。この2つのことを経験していなかったら、おそらく野菜ソムリエにはならなかったであろう。
 現在は、野菜をおいしく食べるビールセミナー、ビールイベントでフルーツビールのサービング、クラフトビール飲食店とのコラボイベントやレシピ開発監修など「ビールと野菜料理のマリアージュ」を柱に活動をしている。今年は、念願の自宅での野菜料理教室も開く予定である。ほぼ全て自ら基礎設計を行い、照明の配置、ビールサーバーの設置など昨年から準備を進めてきている。基盤を得ることで「ビールな野菜ソムリエ」だからこそできる、ビールに合うレシピの開発研究、ハンバーガーの開発、週末レストランを開催したいと考えている。

中村(旧姓:佐藤)祐輔さんのプロフィール
埼玉県在住。野菜ソムリエプロ。ビールの審査員(ビアジャッジ)と料理とのペアリングの資格(ビアコーディネイター)を併せて理論的に野菜料理に合わせることで、野菜果物の魅力を伝え、生活者が野菜を食べる機会を増やす活動をしている。
ブログ:http://profile.ameba.jp/yu-suke76/

取材 / 文:野菜ソムリエプロ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ