私が生まれたのは宮城県仙台市。仙台平野の豊かな水田に囲まれた地である。実家では米と野菜をつくり、今は観葉植物を扱う会社をしている。そんな緑あふれる中で育った。
ある年、幹線道路区画整理事業によって実家が移転することになった。移転先は五百坪もの広大な土地。稲刈りが一段落し、家を建てる前の地鎮祭をした頃、祖父の提案で敷地内に青首大根の種をまくことにした。「家族の幸せが根づくように」との思いをこめてのことだった。
そしてその冬、一面に青首大根が育った。雲ひとつない青空の下、今は亡き祖父母と家族総出で一本一本抜いていき、山のように積み上げた。たくさんの青首大根と家族の笑顔が太陽の光に反射して、瑞々しくキラキラと輝いていた。収穫した青首大根は、新米と一緒に友人たちに送ったり、家族で食べたりした。味噌汁や漬物など我が家では毎日青首大根を食べることになったものの不思議と食べ飽きなかった。
毎年冬になると思い出し、実家のことを懐かしく思う。大根は今も毎日のように食べている。部位や切り方によって甘さ香り歯ごたえが違い、味のしみこみ具合で料理も多様に楽しめる魅力があるからだ。最も好きな食べ方は、子どもの頃から食べていた「豚肉と大根の炒め物」である。豚の脂と醤油だしが大根にしみて、ごはんが進む一品だ。
青首大根の種をまいたのはその一年だけだったが、あの冬の日の収穫以来青首大根は心の宝物となり、手にとると温かい気持ちになる。そして「おいしい」を決める要素には、味や香りだけでなく、懐かしい家族の食卓の思い出、心がほっこり温まる楽しい会話、誰かにつくってもらって嬉しかった出来事などが結びつくことに気がついた。私も誰かの「おいしい」の要素になれたらいいなと思うようにもなった。
野菜ソムリエになったのは、野菜果物を通して新しく生きる世界が欲しかったからだ。尊敬する先生や仲間と出会いによって世界が広がり、野菜果物生活が豊かになった。現在は、表に出る活動ではなく、裏方スタッフとして野菜ソムリエ講座のサポート業務を担っている。講座を受講される皆様に楽しんで帰ってもらえるよう心がけ、精進する日々である。
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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