野菜ソムリエの思ひ出の味
砂糖をかけた懐かしのトマト

2015年8月5日UP
 昭和50年頃、千葉県に住んでいた時のことだ。リヤカーいっぱいに野菜を載せた農家のおばちゃんが週に2回ほど近隣の住宅街を廻っていた。その中には、夏になると瑞々しいトマトも積み込まれていた。まだ幼かった私たち兄妹に野菜をたくさん食べさせようと気にかけてくれていた母は、そのトマトをキロ単位、いや全部を買い占めていたようだった。

 たくさんのトマトは、母の手によって家族の胃袋へと消えた。朝食時にはザクザクと切ったトマトをミキサーでジュースにして、毎朝のように飲んだ。母が家族のために完熟のトマトを選抜し、何も添加せずにつくってくれたジュースだ。暑い夏の一杯。今でもそのおいしさは鮮明に思い出される。
 夕食時にはくし型に切ったトマトに砂糖をかけて食べた。これは北関東エリア出身の父が教えてくれた独特の食べ方である。母としては砂糖をかけることを少々否定的に感じていたようだが、私たち兄妹にとってはとても好きな食べ方だった。トマトに砂糖をかけると、種とゼリー部に砂糖がからまり、果肉からも水分がしみ出てくる。食べ終わった皿には、トマトの甘いジュースが残った。姉も兄も私も、それを飲むのが何よりも楽しみだった。大皿に盛られた砂糖がけのトマトを家族がそれぞれ箸で取り分けながら食べていたのだが、徐々にトマトが減っていくと魅惑のジュースが姿をあらわす。最後に誰がそのおいしいところを飲むかで、兄妹喧嘩になることもしばしば。末っ子の私はたいてい分が悪かったが、時にじゃんけんで決めることもあり、勝ち取った時のあの至福感は今でも鮮烈に記憶している。

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 8年前、東京都から愛媛県に引っ越した。瀬戸内海に面した豊饒な環境とそこで育まれた食材の数々に触れたことをきっかけに、野菜・果物のことをもっと知りたいと思い、野菜ソムリエとなった。野菜と果物に特化した教室を開く際、その歴史や文化までいろいろ調べることになる。なぜ、あの時トマトに砂糖をかけて食べる必要があったのか。その時代の品種の特徴はなんだったのか。物事にはそこに至るまでの背景があるということに気づかされる。幼少時代の食体験が、40数年経った今、野菜ソムリエとして活動する中で、疑問を一つ一つ紐解くためのベースになっているようにも思う。

 今では、野菜と果物に対する愛おしさがさらに増し、私たちの食卓にそれらがあがるまでに関わるヒト・モノ・コトにもより深く、より丁寧に関わるようになった。野菜と果物が人と人とを繋いでくれる大きな存在であることを心にとめ、これからも野菜ソムリエとしてその魅力を伝える活動を続けていきたいと思っている。

若林牧子さんのプロフィール
東京都在住。アクティブ野菜ソムリエ、ベジフルビューティーアドバイザー、食育マイスター。7年間の愛媛県暮らしの中で、豊かな環境と食材に感動し、野菜ソムリエの資格を取得。「食と農でつながる人のえにし」が自らのテーマ。愛媛県今治市の大型直売所のクッキングスタジオをコーディネーター兼講師として仲間と運営。食で地域が笑顔になる場づくりを提供している。また飲食店にて食と農をつなぐ野菜教室を開催。それに関わり、各地の生産者の取材を続けている。東京都と愛媛県を拠点に活動中。
さいさいクッキングスタジオ ブログ http://saisaicook.exblog.jp/

取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ