小学生の頃は、母が料理をしているところをのぞき見するのが好きだった。料理に興味があったわけではなく、つまみ食いするのが目的でもあった。そんなある日、いつものように母の姿をのぞき見すると、ちょうどほうれん草を茹で上げたところだった。母はそれをまな板の上でカットし、赤い根っこの部分は隅っこの方に集めた。そこからひとつ手にとって、ニコニコしながら「アーン」と私の口元へと近づけた。え?根っこ?これ食べるの?食べられるの?と思ったけれど、母の笑顔に促されて思わず「アーン」と口を開けた。初めて食べたほうれん草の根っこは、しっかりとした歯ごたえがあり少し土っぽい香りがした。そして、ほうれん草としては味わったことのない甘みが噛むほどにじわじわと出てきた。
当時の私にとって、ほうれん草のおひたしは特別ありがたい存在ではなかった。しかもそれまで捨てる部分だと思っていた根っこである。全く期待していなかったからこそ、その甘さに驚いた。それは、子どもなりに「ほうれん草=甘い」と、野菜のおいしさを知った瞬間だったかもしれない。その日以来、ほうれん草への認識が変わった。少し苦いと思っていたほうれん草が、甘いものと思えるようになったのだ。特に茎の一部が赤いものが好きになっていった。
子どもの頃に、「根っこ部分=甘い」とインプットされて以来、根っこ部分をこっそりつまみ食いしてしまうのは大人になった今も変わっていない(笑)。ほうれん草を買うときは、やはり根っこ部分がもっとも気になる。なかでも、初めてちぢみほうれん草を食べた時は「あの甘さだ!」と感動し、ちぢみほうれん草が出回る時期はよく食べるようになった。ほうれん草に限らず、葉物野菜はまず生でかじって甘みや苦みを確認するのが癖になっている。無意識に野菜のどの部分が甘いのか、チェックしながら食べてしまうのだが、それが野菜を食べる時の楽しみでもある。
今から8年前の40歳の時。突然倒れて救急搬送され、原因不明の熱や呼吸困難で苦しんだ。原因を追及するために自分なりに調べ、行き着いたのが野菜の力だった。食生活を野菜中心に見直したことで元気を取り戻し、一生かかわる身体と食の関係について知りたいという思いと、この経験を無駄にしたくない気持ちから野菜ソムリエを受講。資格取得後は、野菜に対する情熱と責任感がうまれ、野菜の魅力を発信する者として、説得力ある魅力的な人間でいたいと思うようになった。
小さいころから食いしん坊だったが、じつは大学生になっても料理することには興味がなかった。親元を離れて一人暮らしをするまで料理は未経験で、味噌汁に出汁を入れることすら知らなかったほどである。実家に帰った時に「お母さんの料理は何でおいしいの?」と父に尋ねると、「そりゃ経験が違うから」と言われた。なるほどと私は妙に納得し、たくさん経験していこうと思った。その日から約20年、家族のため、自分のために料理する日々。それなりに経験を積み重ねてきたが、その経験はおいしさに繋がっただろうか。これからもまだまだ経験を重ね、人の人生に影響を与えられるような野菜ソムリエを目指したいと思っている。
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タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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