野菜ソムリエの思ひ出の味
茨城県つくば市 Iさんのトマト

 今から10年ほど前、あのトマトとの出会いが、私の人生にちょっとした変革をもたらしてくれたように思う。当時、私はつくば市にあるレストランで料理人として働き始めた頃だった。仕入れのために行った直売所で、お世話になっていた経営者を通じて紹介されたのが、生産者のIさんだった。その日、Iさんはそこに野菜の納品に来ていた。軽く会話を交わした流れで、後日Iさんの畑へとお邪魔することになった。

 季節は初夏。5月か6月頃だったと思う。ちょっぴり蒸し暑いビニールハウスの中では、大玉トマトがたわわに実っていた。Iさんはいい感じに完熟しているトマトを見極めて、ひとつもいで手渡してくれた。促されるままにがぶりと丸かじりして、そのまま一気に食べきった。生ぬるさは感じたが、それを払拭するほどの味わいだった。普段お店に納品されているトマトとの違いに、私は衝撃を受けた。樹上で真っ赤に完熟したIさんのトマトは、酸味と甘みのバランスがよく、香りと味が濃厚だったのだ。私は感情を派手に表すタイプではないので、ここまで驚いていたとは伝わっていなかったかもしれない。しかしIさんは私の反応を喜んでいた。そしてトマトをどういう形でお店に導入するかに興味を持ったようだった。

 料理をつくるとき、私はまずお皿の中の構成を考える。かつて私は肉や魚のメイン料理と野菜つけあわせの比率は8:2で構成していた。野菜はあくまでもメインの添えものという考えだったのだ。しかし、Iさんの完熟トマトを食べて以来、その考えはがらりと変わった。野菜のつけあわせは単なる添え物ではなく、メインをおいしく食べるための位置付けとして捉えるようになったのだ。料理にもよるがメインと野菜の比率は、概ね5:5へと変わっていった。

 私が野菜ソムリエの資格取得に至ったのも、Iさんの影響がある。野菜ソムリエプロの資格保持者だったIさんから、いろいろな野菜ソムリエさんを紹介していただき、興味を持つようになり、2011年に取得。私の場合、野菜ソムリエという資格は、料理人としての一つの武器と考えている。
 その後2015年に季節ごとに産地を変えて厳選された野菜をつかった料理を提供するカフェを開業。それをきっかけに、2016年に「野菜使い切り料理」でテレビ出演、2017年にテレビ東京「ガイヤの夜明け」にて独自のノウハウで結果を残す達人達の特集の中で紹介もしていただいた。これからも基本はお店の経営が中心。料理人として真摯に野菜と向き合っていくつもりである。

田邉 仁さんのプロフィール
神奈川県出身、東京都在住。野菜ソムリエ上級プロ。フランス料理やイタリア料理店で料理を学び、2015年に東京都豊島区駒込に「Cafe T」をオープン。2016年に野菜ソムリエ上級プロを取得。
Instagram:https://www.instagram.com/nabe.cafet.komagome/
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka