2年前の4月中旬、私は結婚してこの町に引っ越してきたばかりだった。たまたま通りかかった場所に「大野菜(おおのな)」という一軒の八百屋を見つけた。こんなところに八百屋があったんだと思いながら、私は店頭に並ぶ黄色い柑橘に目を留めていた。見ているだけで元気がもらえるような鮮やかな黄色が印象的だった。すると「よかったら食べてみる?」と店員さんがその柑橘の厚皮を剥いて、私に差し出してくれたのだ。
果実の大きさは直径5cmほどだった。その半分を一口で食べた。口に入れた途端、じゅわっと唾液が溢れるくらいの酸味と突き抜けた甘みが広がり、初夏を感じさせるような爽やかな香りが鼻腔を通り過ぎた。果肉もみずみずしく、薄皮は気にならない食感だ。思わず「おいしい!」と声をあげた。店員さんは「湘南ゴールドはかながわブランドの柑橘。この湘南ゴールドは低農薬、ノーワックスだから皮も安心してジャムに使えるよ」としたり顔で教えてくれた。私は今までに感じたことのない、弾けるような甘酸っぱさに感激し、迷わず1kgの大袋を購入して帰った。この思いがけない出会いが、その後の私の人生を大きく変えるものとなった。
「湘南ゴールド」は、黄金柑(ゴールデンオレンジ)と今村温州の交配により誕生した、神奈川県が開発・栽培している品種である。糖酸比のバランスがとてもよく、爽やかな香りが特徴だ。この特徴は親である黄金柑から受け継いでおり、「黄金柑の味で、且つみかんのように食べやすい品種」を目指して開発がされたという。柑橘類の機能性成分であるナリルチンなどのポリフェノールは、他の品種よりも多く含まれている。主な生産地は温暖な気候である神奈川県西部、旬は3月~5月頃である。毎年旬がやってくるたびに、当時の感動や新生活が始まった頃のフレッシュな気持ちを思い出す。リセットボタンのような大切な存在でもある。
大野菜との出会いで、私は採れたて野菜のおいしさも知った。次第に「こんな八百屋さんで働けたらいいな」「こんなにおいしい野菜があるということを多くの人に伝えたい」「同じ感動を味わってもらいたい」と思うようになっていき、一年後にはデスクワークを辞めて大野菜で働くことになった。そして野菜ソムリエを目指すきっかけにもなった。
かつての私は事務仕事を何気なくこなす毎日で、「私は何のために働いているんだろう」と思っていた。しかし野菜ソムリエ講座を通じて、野菜を取り巻く環境や農業の現状を知り、私の社会的役目はその現状を少しでも変えていくことだと考えるようになった。自分の働く意義を考えられるようになったことで自信がつき、行動力も高まったように思う。
特に私が意識しているのは、「生産者と生活者の橋渡しになること」だ。両者の状況を把握して、どちらにも寄り添える立場でありたいと思っている。困っていることがあれば相談される、そしてそれを解決してあげられるようになりたい。また、私自身が食物アレルギーやストレスによる病に悩み、父をガンで亡くす経験もしているので、食と医療の分野で野菜の大切さを発信できる野菜ソムリエになっていきたいと考えている。
ブログ「旬ベジライフ」
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka