野菜ソムリエの思ひ出の味
自転車ツーリングで出会った富良野のトマト

 今から10年ほど前の夏。大学生だった私は、サイクリング部の仲間と一緒に約1ヶ月の自転車ツーリングに出ていた。大学のある茨城県つくば市から、東北を抜け、北海道の最北端・宗谷岬まで。津軽海峡を渡るフェリー区間以外はすべて自転車で走る旅だった。

 8月中旬、旅は後半戦。暑さと疲れはピークに達しようとしていた。休憩するため、北海道の富良野で小さな直売所に立ち寄った。そこには真っ赤に完熟したトマトが並んでいた。見るからにみずみずしい中玉サイズのトマトだった。当時、あまり野菜は好きでなかったのだが、なぜか無性にそのトマトを食べてみたくなった。
 それまで捕食には、カロリーの高いパンやお菓子、エナジードリンクなどを選んでいた。しかしこの時ばかりはどうしてもトマトを食べてみたいと思ったのだった。富良野や美瑛の豊かな自然に触れて、「この土地の野菜を食べてみたい、この土地で作られる食物はきっとおいしいはずだ」と思えたからかもしれない。

 トマトは3個1袋で売られていて、POPなどは特になかった。変に飾られていない分、逆に好感が持てた。会計を済ませ、直売所の外の休憩スペースで丸かじりすることにした。そこは大自然の中にポツンと建っていて、富良野の爽やかな風と自然を感じられた。日陰に入ればそこまで暑くもなく、トマトの酸味がそれまでの長旅で疲れた身体を癒してくれるような気がした。

 袋から出してひと噛みすると、トマトから水分があふれ出した。特に冷えてはいなかったが、冷えすぎていないおかげでより濃厚な味を感じられた。爽やかな香りとフルーツのような甘さ、そしてほんのりした酸味がさらなる食欲をそそった。1つだけ食べて残りは夕食用に持ち帰る予定だったが、あまりにおいしくてその場で一気に3個とも食べてしまった。
 それまで抱いていたトマトのイメージは、青臭くて、甘みは少なくて、なんとなく酸味があるものだったが、富良野のトマトはそのイメージをガラリと変えてくれた。そして、同じトマトでも産地によって味の違いがあることを知った。

 この日の経験をきっかけに、旬や産地を意識して野菜を買って食べてみるようになり、おいしいと思える野菜が少しずつ増えていった。そしていつしか野菜嫌いから野菜大好きへと変わっていた。
 野菜ソムリエの資格を取得したのは昨年である。体調を崩したことがきっかけで、野菜・果物について深く学んでみようと思ったからだった。今後は、その土地のおいしい野菜に興味を持ってもらうような活動、アレルギーや食事制限がある方に向けてレシピ提案などの情報発信などもして行きたいと考えている。

川上 達郎さんのプロフィール
群馬県在住。野菜ソムリエプロ。自身が体調を崩したことをきっかけに野菜ソムリエを取得。マクロビオティックやローフードなど、食と健康について勉強中。ヴィーガン・グルテンフリーの食生活を実践中。
Instagram:kawatatsu831
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka