2015年9月16日UP
記憶さえ曖昧な時分から、毎日のように実家の食卓に並んでいた「さといもの煮っころがし」。実家では農業を営んでおり、収穫した大きなさといもは直売所へ出荷し、親指の先ほどに小さくて売り物にならない孫いもは家族で食べていた。掘りたての孫いもはまずはそのままゆでて皮をむく。ぶどうの皮のようにつるっとむけて子ども心に楽しい作業だった。そうやって皮をむいたさといも(孫いも)を昆布だしにしょうゆやみりんで味付けした煮汁でコトコトと炊く。そして、たっぷりの煮汁とともに大皿に盛られたさといもが食卓の上にでん!と供される。レンゲで汁ごとご飯にぶっかけ、箸でかきこむように食べる。これがまたおいしいのである。孫いもは、粘りの強さや味もさることながら、のどを滑り落ちてゆくような感覚がたまらない。何といっても一般の方にはまず届くことのない小さないもを食すという優越感がたまらない魅力でもあった。
社会人になって、市販のさといもを食べたところ、何ともいえない独特の臭みとボソボソとした食感に驚いた。「遠くの名産より近くの掘りたて」とはよく言ったものだ。株の中心にある大きな親いもについた子いもを切り離して出荷するさといもは、その切り口が大きい上、表面が毛に覆われていて蒸れて傷みやすいため、よく乾燥させてから出荷されるのだ。食べてみて感じた違和感はそのせいであった。それまでは、実家が農家であることをうらやましく思われることに正直疑問を抱いていたが、新鮮な野菜をふんだんに味わえる贅沢な環境であったことに気づき、手間ひまかけてゼロから物を作り上げている祖父に感謝と敬意を称したいと思ったのだった。
最初に働いたスーパーマーケットでは「野菜=商品」で、常に品物が揃っている、見た目がきれい、利益が大きい、何もいわなくても売れるということが、“よい野菜”の定義だった。しかし、その考えによる“よい野菜”はお客様に本当に喜んでいただけるとは言い難いように思えた。また、お客様が安心して野菜について尋ねられるカタチは何かとも考え、その答えは野菜ソムリエだと思ったのだ。資格取得後は、人との出会いの場が増え、関わり方もこれまでと変わってきたように思う。井の中の蛙の自分が野菜ソムリエコミュニティ山口の広報役員になれたのも、山口県では出会えないような全国の珍しい野菜や様々な情報が集まる築地市場で働くチャンスをいただいて東京で野菜の勉強ができるようになったのも、すべて野菜ソムリエになってからの出会いがきっかけだ。青果物は流通の状況によっては安売り商品になりがちな状況があるが、そこに付加価値をつけることで、生活者にも生産者にも生活の潤いを築いていくのが、農業や小売り、そして仲卸を経験した自分の歩く道ではないかと考えている。
又野邦明さんのプロフィール
東京都在住、野菜ソムリエ。進路はもっぱら農業一筋、農業関係なら任せて!と言えるほどの野菜オタク。山口県出身の26歳。昨年11月より故郷を離れ、築地市場の青果仲卸にて現在奮闘中である。全国のまだあまり知られていない野菜の魅力を発見して伝え、野菜・果物を通して食をさらに豊かにすることが将来の夢だ。
取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ