野菜ソムリエの思ひ出の味
家庭菜園で育てた母のブロッコリー

 静岡の実家を出て沖縄に暮らして早20年。あれは移住して数年経った頃の出来事だ。当時は年に数度、実家から母のふるさと便が届いていて、箱の中にはいつも私の好きな食べ物がたくさん詰まっていた。しかし、野菜が入っていたことはそれまで一度もなかったのだ。

 近所の人から苗をもらったのをきっかけに、母は家庭菜園を始めたという。季節ごとにかかってくる電話では、お互いの近況報告をしながら、「今日はナスが何本採れたよ!こんなに成長したよ!」と毎回うれしそうに話していた。時折届く手紙にも「畳三枚ほどの畑は大切な宝物ですよ!それほど費用もかからず、採れたて新鮮を食べられて超健康的!母の元気の源です」等と書かれていた。母が家庭菜園を楽しんでいる様子が垣間見られ、私は微笑ましく思っていた。
 そんなある日のこと、「ブロッコリーがそろそろ食べ頃だけど、お父さんと2人じゃ食べるのが追いつかないから送るね」と母から電話があった。ふるさと便に母が育てた野菜を入れて送ってもらうのは初めてで、私はいつも以上に到着を楽しみにしていた。

 しばらくしてふるさと便が届き、開けてみて、びっくり! 食材やお菓子の間に大きなブロッコリーが1本入っていたのだが、違う品種??と思うほどに黄色く変わり果てた姿だったのだ。
 新聞紙でやさしく包まれ、芯の部分には湿らせた形跡のあるキッチンペーパーが巻かれていて、そこに鮮度を保とうとする母の気遣いが感じられた。しかし、静岡から沖縄までの長距離を常温便で輸送されたことによって、残念なことに花蕾が変色してしまっていたのだ。
 それでも母が大切に育てて送ってくれたブロッコリーである。もちろん感謝しながらいただいた。茹でてから、半分はオリーブオイルと塩で和え、残りの半分はシチューに入れて調理した。野菜を育てて収穫する母の姿を思いながら口に運ぶと、黄色くとも私には格別の味わいだった。

 私が野菜ソムリエになったきっかけには、食の世界で何か始めてみたいと思ったことと、見たこともない沖縄の野菜果物に心が躍ったということがあるが、この日の一件で、収穫した後でも野菜は呼吸し鮮度と関係していることを知り、野菜の保存に興味をもつようになったこともひとつにあると言っていい。

 2年前の野菜の日、母は他界した。悲しいけれど、母のふるさと便はもう届かない。これから旬をむかえるブロッコリーを見るたびに、私は今もあの日の光景が思い浮かぶ。

齋藤 珠美さんのプロフィール
沖縄県在住。野菜ソムリエプロ、ベジフルカッティングプロフェッショナル、アスリートフードマイスター3級、ベジフルビューティーセルフアドバイザー。野菜果物はキレイの味方!旬の野菜を楽しむ彩り豊かなベジフルライフを発信中。野菜の彩りを活かしたレシピ提案と、魅せて愉しむひと皿を!フルーツの魅力を引き出すベジフルカッティングレッスンを開催している。
ブログ @tamamiii711
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タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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