野菜ソムリエの思ひ出の味
大学の実習圃場にあった「スイカ」

 真夏の農作業実習で食べたスイカ。それが私の思ひ出の味である。私が通っていた大学の農学部では3〜4年生の時に、週1回の農場実習と2泊3日程度の宿泊実習が数ヶ月に1度くらいの頻度で行われていた。ひとつの品目を通しで見ていくのではなく、色々な作業をさまざまな作物を使って一通り網羅する感じだ。

 スイカの農作業実習があったのは、大学3年生の宿泊実習の時だった。1日でさまざまな作物の実習をするため、スイカについては説明を含めて2時間程度。実習内容は、技官が植え育てたスイカの収穫体験だった。両手いっぱいでようやく持てるくらいの大きなスイカをつるからはずし、クラスメイトのみんなでバケツリレーのようにしてトラックまで運んだ。100個以上はあっただろうか。
 収穫が終わった後、落として割れてしまったものやB品の試食も兼ね、学生たちに「自由に食べていいよ」との許可が降りた。クラスメイトたちと畑の倉庫脇のコンクリートのところに横並びして、ばっくりと大きく割れたスイカにかぶりついた。のどが一気に潤い、体がスイカで満たされていった感覚をよく覚えている。傷ありなどのB品でも、完熟状態だったためとても甘かった。ギザギザに割れた断面のざらつきや果肉のシャリシャリ感も素朴でよかった。暑さと実習の疲れもあって、一人あたり大玉スイカ1/4個くらいは食べ切ったと思う。スイカを食べて休んでいる間に少し日が落ちて涼しくなり、癒やされる感じもあった。宿泊実習は合宿のようで学生のテンションが高いのだが、仲間とワイワイ食べることでもおいしさが倍増したようだ。
 当時、私は一人暮らしでスイカを自分で買うことはなく、それまでの人生でもそこまでスイカ好きではなかった。けれども、暑い中・適度な疲労・広い畑の真ん中で・仲間と食べる・・・という状況が重なって、「スイカ(野菜果物)っておいしいな」と改めて感じた瞬間だった。

 農作業実習では全体を通して「なぜ、こんなに中腰のことが多いのか」と驚きの連続だった。帽子をかぶってタオルを首に巻くという完全防備な状態でやっていたが、当時体育会だった私もへばるくらいの暑さと重さ。一口食べるまでは「おいしいかな~」と考える余裕すらない感じだった。私たち学生は何十人がかりで作業したが、実際の農家さんは数名でやっているのだと思うと、農業の厳しさや難しさを痛感したものだ。

 卒業してしばらくは、野菜とは直接の関係がない食の業界に身をおいていたが、食に関するマーケティングやリサーチの仕事で野菜に関するリポートが増え、学び直しのために2009年に野菜ソムリエ資格を取得。その後、脱サラして野菜ソムリエプロ資格を取得し、有志とともに「野菜ぎらい克服塾」プロジェクトに携わる。「子どもと野菜」について関心をもち、ライフワークとして深掘りしていくため、野菜ソムリエ上級プロ資格へと進んだ。
 あの日の記憶は一時的には封印されていたが、理屈ではなく、畑のど真ん中で野菜を食べたときのおいしさや幸せの記憶がどこかに残っていて、結局、野菜果物をより身近に感じることができる仕事に戻ってきたのだと思う。
 そして、学生時代にせっかく農学部にいたのだから、もっと真剣に圃場実習や勉学に打ち込めばよかったと後悔も。今では、圃場見学や生産者さんの話を伺う機会があるときは、事前に下調べなどをし、なるべく多くのことを吸収できるように心がけている。すべて「野菜果物のおいしさ」につながっていることが理解できるし、野菜果物の魅力を発信する立場でもあるからだ。また同じ後悔をしないよう、「今、目の前にあることを全力でやる」ようになった。

 これからも活動を通して、子どもたちが「野菜好きだな。料理楽しいな。」と思えるきっかけづくりができればと思う。生活者の皆さんの「野菜を食べること」へのハードルを下げ、重荷に感じさせるのではなく「野菜を楽しめる」コツが提案できる野菜ソムリエになりたいと考えている。

高崎 順子さんのプロフィール
神奈川県在住。野菜ソムリエ上級プロ。農学部卒業後、食品メーカーでの商品開発・マーケティングリサーチを経て、「野菜・果物」により近い場所へ戻る。現在は横浜農産物の地産地消と子どもへの食育を組み合わせた「親子横浜野菜キッチン」を主宰。
インスタグラム:junko.takasaki
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka