菜果図録
伝統を誇る和のエディブルフラワー!食用菊

 秋の食卓を彩る食用菊は、世界に誇るべき伝統的な和のエディブルフラワーです。年間を通じて栽培されていますが、特に秋には様々な品種が旬を迎え、収穫の最盛期を迎えます。菊の原産地は中国で、その栽培が始まったのは紀元前500年頃とされ、日本へは奈良時代に遣唐使の手で伝えられました。もともとは観賞用として栽培されていましたが、苦味が少なく香りのよいものを食用とするようになりました。

 食用菊には、花びらを食材として料理に使う大輪種と、花を飾りとして添える「つま菊」に使われる黄色い小輪種があり、各地で様々な品種が栽培されています。農林水産省が発表した令和4年産地域特産野菜生産状況調査によると、全国の収穫量564トンのうち、愛知県が360トン、山形県90トン、新潟県55トン、秋田県37トンと続き、意外なことに沖縄県でも10トンが生産されており、青森県9トン、長野県3トン、宮城県1トンが生産されています。「つま菊」を生産する愛知県を除いて、大輪の菊を栽培する産地のほとんどが寒冷なエリアで、出荷の時期が限られるため、1月から4月にかけて生産できる温暖な産地が求められ、沖縄での栽培が始まったのだそうです。

 

食用菊の歴史と重陽の節句

 菊の原産地である中国では、奇数が重なる日を縁起のよい「陽の日」とし、最も数の大きい9月9日が「重陽」と名付けられました。古くから菊は薬効にすぐれた植物として知られ、その花の露を含んだ川の水を飲んだ人々が長寿になったという菊水伝説が生まれて、「重陽の節句」には菊酒などを楽しんで健康を願うようになり、「菊の節句」とも呼ばれるようになりました。この中国の文化が日本へ伝来し、1月7日の「人日の節句(七草粥)」、3月3日の「上巳の節句(桃の節句)」、5月5日の「端午の節句」、7月7日の「七夕の節句」と並ぶ五節句として根付き、今も大切に伝承されています。

 日本で菊が食用として広まったのは江戸時代のこと。1690年に松尾芭蕉が、現在の滋賀県大津市北部に位置する琵琶湖のほとりの近江堅田で、「蝶も来て酢を吸ふ菊の膾哉」という句を詠んでいます。また、1695年に刊行された「本朝食鑑」に、食用としての菊が登場します。この本草書は、様々な食材の形態、分類、産地、薬効などについて医師の人見必大(ひとみひつだい)が記した、食材の百科事典のような文献で、菊の花びらを煮て醤油をつけたり、羹(汁物)に入れる食べ方などが紹介されています。

食用菊の種類

 食用菊のうち、花びらを食す大輪種には、赤紫色の系統と、黄色の系統があります。赤紫色を代表するのが「延命楽(えんめいらく)」という品種で、花びらが筒状に丸みを帯びていて食感がよく、味や香りも高く評価されています。この品種は生産地によって呼び名が変わり、「延命楽」と呼ぶ庄内地域を除く山形県の他の地域では菊の御紋にちなんだ「もってのほか」、新潟県の下越地域では「かきのもと」、長岡地方では「おもいのほか」と呼ばれ、他にも多彩な種類が誕生しています。黄色の食用菊の筆頭に挙げられるのは、青森県の主力品種である「阿房宮(あぼうきゅう)」です。「延命楽」よりもやや小さく、苦味が少なく、独特の香りとほのかな甘みが魅力です。黄菊も、山形県を代表する「寿」をはじめ、各地域に様々な品種があります。また、沖縄では温暖な気候に適した大輪の品種の中から、赤紫色の「美吉野(みよしの)」、黄色の「秀芳の寿」や「沖縄1号」が栽培されています。一方、黄色い小菊の「つま菊」には、「こまち」、「シリウス」、「菊太郎」、「ちどり」などの品種があり、時期をずらして栽培することで通年出荷しています。

食用菊の栄養学

 生の菊の花びら100g当たりの栄養価をチェックしてみると、その約9割が水分でありながら、体内の余分な塩分の排出を助けてくれるカリウム280mg、骨の健康に役立つカルシウム22mg、赤血球の生成に関わることから「造血のビタミン」とも呼ばれる葉酸73μg、体内でのコラーゲンの合成に欠かせないビタミンC11mgが含まれており、ぜひ積極的に取り入れたい健康食材です。なお、赤紫色の菊には抗酸化力にすぐれた天然の色素成分アントシアニンが、黄色の菊には高い抗酸化力を持ち、体内でビタミンAとなって粘膜や素肌を健やかに保つのに役立つベータカロテンが含まれています。

食用菊の選び方と保存法のコツ!

 店頭で選ぶ際は、色鮮やかで花びらの先まで張りあるものがおすすめです。花びらが丸まって筒状になっているものは、よりシャキシャキとした食感が楽しめます。花びらがしなびているものや色がくすんだものは避けましょう。購入後は香りや食感が損なわれないうちに、なるべく早めに食べきるのがおすすめですが、保存する際は、乾燥しないようにポリ袋などに入れて冷蔵すれば、1~2日はOKです。もっと長く保存するなら、花びらをほぐしてサッとゆで、水気を切り、キッチンペーパーなどで余分な水分をしっかりと取ってから、ラップに広げて包んで冷凍を。使う際は冷蔵庫で解凍します。赤紫色の菊にはアントシアニンが含まれているので、沸騰した湯に酢を少し入れてゆでると、鮮やかな色に仕上がります。

菊と野菜の手まり寿司

 食用菊は、その美しい色と香り立つ風味を生かし、サッとゆでて酢の物や和え物に使う他、花びらを生のまま料理のトッピングにしたり、スープやみそ汁に散らしたり、薬味にもよく合います。ゆでて絞った花びらを酢飯に混ぜ、生の花びらを仕上げに飾ると、おもてなしにもぴったりな手まり寿司の出来上がりです。

材料(2人分)
赤紫色の食用菊 3輪
酢飯 白飯1合分、酢大さじ1.5、砂糖大さじ1、塩小さじ1/2
きゅうり 1本
ラディッシュ 2個
ブロッコリースプラウト 少々
白ごま 少々
作り方
  1. 食用菊は花びらをほぐし、トッピング用に少し取り分けておき、残りは酢少々(分量外)を加えた湯でサッとゆで、冷水にとってから、しっかりと水気を絞ります。
  2. きゅうりは1/3を薄い輪切りに、残りはピーラーでリボン状にし、ラディッシュは薄くスライスします。
  3. 酢飯を作って①を混ぜ、ラップに包んでピンポン玉ほどに丸め、 ②のきゅうりとラディッシュをのせ、①で取り分けた生の花びら、ブロッコリースプラウト、白ごまを飾ります。菊花を添えて華やかに。
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written by

堀 基子

/文・写真

野菜ソムリエ上級プロ。J Veganist。冷凍生活アドバイザー。アスリートフードマイスター3級。ベジフルビューティーセルフアドバイザー。ジュニア青果物ブランディングマイスター。アンチエイジング・プランナー。受験フードマイスター。第6回・第8回野菜ソムリエアワード銀賞受賞。