野菜ソムリエの思ひ出の味
クラシック音楽で追熟したオレンジ

2016年4月6日UP
 6年前、私よりもずっと年下だが尊敬している野菜ソムリエさんの車に乗せていただいた時のことである。「とてもこだわりを持って作っている農家さんを応援しているので、これを食べてみて下さい。」とオレンジを頂いた。それが、そのオレンジとの出会いだった。ビニール袋に入れられた3〜4個のオレンジは、見た目では特段変わったところは無かったのだが、しばらくすると車の中いっぱいにオレンジのいい香りが広がっていた。あまりの美味しそうな香りに帰宅してすぐ食べてみると、今まで食べていたオレンジとは全く違うものだった。味が濃いだけではなく深みがあり、体の隅々まで染みわたるような、体が喜んでいるような、どこか昔懐かしくホッと癒されるような、なんとも言えない感覚になったのだ。果物を食べてこんなに感動したのは初めてだった。興奮してすぐに彼女に電話をし、そのことを伝えたほどだ。しかし私は“クラシック音楽を聴いて熟成させたオレンジ”だということを知った上で食べた。ここまで感動したのはそれを知っていたせいだろうか。そこのところが気になったので、翌日たまたま訪問予定だった友人宅に持参し、何の情報も伝えずに食べてもらった。野菜ソムリエではない友人の感想は、「味が濃い。香りがいい。懐かしい味。気持ちがふわっとゆるんでリラックスする。」とのことで、私と同じものだった。

オレンジ

 それから2年後、父が他界した。葬儀の後、年下の野菜ソムリエさんが「早く元気になって。」とあのオレンジを1箱届けてくださった。かつて、私がこのオレンジに感動したことを覚えていてくれたのだ。箱の中に、このオレンジを作っていらっしゃる農家さんの紹介文が入っていた。「オレンジの果実は木の上で長く栽培するほうが甘味や酸味も増すので、収穫時期を出来る限り遅らせて木の上で十分に熟してから収穫しています。そのためにはその年の天候に合わせて有機肥料の量やタイミングを調整したり、枝の剪定などをしたりして、木に実る果実の量を調整しています。また、収穫したあと甘味と酸味とのバランスを最高な状態にするため、追熟で酸味をコントロールしています。柑橘類の酸味のもとはクエン酸。そのクエン酸は振動に弱いと言われています。振動を与えることで酸味が減少して甘さを感じるようになります。微妙な振動をゆっくりと時間をかけて与える必要があります。クラシック音楽を聴かせることで起きる空気の振動が、オレンジにとってベストな振動なんです。このように追熟したあと一番いい状態でお客さまにお届けします。」とある。これほど大事に育てられたオレンジだからこそ、オレンジ自体にエネルギーがあり、深い味わいとともに人を元気にできるのだと納得。食べ物で、目には見えない心が癒されるということを実感した。農作物を作っていらっしゃる農家さんの思いを受け取った形とでもいうのだろうか。仲間や作り手の心を感じ、私にとって一生涯忘れる事の出来ないオレンジとなった。そして、野菜ソムリエとして生産者を応援しつつ、その思いを生活者へ伝える事も大事な役割だと思えるようになった。

 私が野菜ソムリエになったのは、単身赴任中だった主人が糖尿病になったのが発端だ。主人を元気にしたいと思い、出来るだけ旬の野菜や果物を食事に取り入れたところ、一度も薬を飲む事もなく血糖値が正常範囲に戻り、まさに野菜・果物のパワーを実感した。もっと野菜や果物の事を知りたいと思いジュニア野菜ソムリエの資格を取得。その後、香川県は野菜の摂取量が少なく糖尿病の方が多いという事がわかり、主人が元気になった経験を伝えて香川の人を一人でも多く元気にしたいと思いたち、中級の野菜ソムリエの資格を取得。ご縁を頂き、今では香川県高松市が開催している「こじまん野菜塾」で、野菜・果物のお話をさせて頂くまでとなった。

 なお、あのオレンジは香川県の三豊市仁尾町の農家さんが作ったものだが、ご高齢のご両親の介護からご自身も体調を崩され、その後出荷が難しくなってしまったとのこと。また、紹介してくださった野菜ソムリエさんもご主人の転勤で鹿児島県へ転居されてしまった。元気をいただいたオレンジの作り手にお会いする夢は未だ叶わずにいるが、念じれば通じるらしい。うまくいけば今年、あのオレンジに4年ぶりにまた会えるかもしれない。今度は、私が元気をお返ししたいと思う。

大野企美子さんのプロフィール
香川県在住。アクティブ野菜ソムリエ。2010年11月に野菜ソムリエを取得。2012年6月より野菜ソムリエコミュニティかがわの副会長、香川県のアテンドリーダー。京都府、大阪府で食育イベントを開催しているユニット8sai☆ful(やさいふる)のリーダーも務める(やさいふるは6県8人の野菜ソムリエで作ったユニット)
野菜ソムリエコミュニティかがわ ブログ http://kagawa0831.ashita-sanuki.jp/

取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ