2016年9月28日UP
健康づくり食生活推進協議会に所属し、地元の小学校で食育活動に関わるうちに「将来ある子どもたちの食という大切な部分に関わるからには、きちんとした知識を身につけたい。」と思うようになったことが、野菜ソムリエとなるきっかけだった。2005年12 月に資格を取得して一年と少しが過ぎた頃のことだ。愛知県豊川市の保育園の園長先生や給食担当職員を対象に、食育の講演をさせていただくことになった。それは当時の私にとって大変大きな依頼であり、また、静岡県在住の私が愛知県の方々に何をお話したらよいのかと多いに頭を悩ませた仕事でもあった。そんななか、当時JAにお勤めされていた愛知県の野菜ソムリエの方に、愛知県の野菜事情について相談したところ、2002年から開始された「愛知のふるさと伝統野菜振興事業」のことを教えていただいた。保育園の給食に“あいちの伝統野菜”を取り入れる提案をしたら、そこから食育の活動が広がっていくのではと考え、講演の中でも伝統野菜を使った試食をお出ししようと決めたのだった。
さて決めたのはいいが、あいちの伝統野菜を静岡県で入手するのは思いのほか難しかった。伝統野菜を栽培している地域のJAや産直部会に電話をしても「宅配サービスなんてやっていませんよ。欲しければ直接買いに来てください。ただし、伝統野菜は数が少ないから、毎日直売所に並ぶとは限りませんよ。」といった返答ばかりだったのだ。
困り果てていたところに、JA尾張中央グリーンセンター春日井中央店の店長さんから突然荷物が届いた。開けてみると、あいち伝統野菜の「八事五寸(やごとごすん)人参」と「正月菜」が入っているではないか。添えられていた手紙には、愛知県の伝統野菜の取り組みに関心を持って連絡してくれたことへのお礼と「高齢生産者の活力となればうれしいです。」といった言葉が短くしたためられていた。店舗では宅配業務を行なっていないにも関わらず送ってくださり、しかも無償での提供だった。なんとありがたいことだろうか。
しかし、その荷物が届いたのは1月半ばのこと。講演の日程は2月末だ。残念ながら正月菜は講演日まで持ちそうにないが、八事五寸人参なら何とか保存できるかもしれない。店長さんの優しさを無にするわけにはいかないのだ。湿らせたキッチンペーパーで人参を1本ずつ包み、時々取り替えては乾燥を防ぐ工夫をし、出来るだけもたせる努力をした。2月に入ると、ゆでて冷凍保存にし、講演当日はミキサーでなめらかにした八事五寸人参でつくった寒天を試食してもらうことが出来た。
当時の参加者で八事五寸人参の存在を知っていた方は誰もおらず、愛知県に伝統野菜があることすら初めて知ったという人が大半だった。八事五寸人参の発祥は、愛知県名古屋市天白区。その名のとおり15cmから18cmほどの長さで、濃いオレンジ、芯が小さく柔らかいのが特徴。甘味が強く、にんじん臭さが少ないので子どもでも食べやすい品種だ。試食した方々からは、「色がきれい」「これならにんじん嫌いの子どもでもおいしく食べられる」「保育園の給食やおやつに使いたい」といった嬉しい感想をいただいた。
講演翌日、愛知県豊川市の担当職員の方からいただいたメールには「先生が私たちのために骨惜しみをせずに東奔西走してくれた姿に感動しました。」とあり、誠意は必ず相手に伝わることを実感した。その時も今も、「講座の準備には絶対に手抜きをしない」、「相手が一番欲していることは何かを考えて講座を組み立てる」ことを心がけている。そして、助けてくださった店長さんのことを思い出すたびに、感謝の気持ちは忘れないようにしようと思っている。様々な経験や思いが重なり、「八事五寸人参」は私にとって記憶に深く刻まれた野菜となった。
上久保節代さんのプロフィール
静岡県在住。アクティブ野菜ソムリエ。静岡県西部と愛知県東部を中心に、カルチャースクール、JA、地方自治体の講座で講師を務める。資格取得前から学校関係の食育活動に携わり、今でも幼稚園では「4つのお皿」や「おだし」のお話をし、小学校では「小麦の教室」を開いている。
ブログ「“農“と言える!?」http://blog.goo.ne.jp/ume724
取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ