2015年10月28日UP
幼少時の記憶は、食事の度に青い顔で倒れる父、毎日野菜や果物で楽しい食卓を演出してくれる母、そして、家族が笑顔で囲んだ「にんじんごはん」の映像である。
父が病気によって胃を全摘出したのは、私がまだ3歳の頃だった。その日から、家族の食との闘いが始まった。父の食事は一日6回。やわやわのお粥からはじめて、少しずつ固めのお粥に。退院時に固形物も少しずつ取るように指示を受けていたのだが、父の場合はなかなか固形物を食べることが出来なかった。胃を全摘出した場合、口から物を飲み込むと腸に落ちるまで時間がかかり苦痛が伴うのだ。退院後3か月頃から固形物を混ぜはじめ、しっかりと固形物を食べられるようになるまで6か月ほどかかった。無理をすると倒れることが頻回で、一般的な一日3回の食生活までに3年。普通食になってからも、外食は難しい状況であった。
そんな苦痛に満ちた食生活の中で、退院後の父が初めて完食出来た固形物が「にんじんごはん」だった。それも、「おいしい!」と言いながら笑顔で完食したのだった。
にんじんごはんは、にんじんをすりおろして、お粥、すりごま、卵の黄身を混ぜて、両面を軽く焼いたものだ。家族みんな卵かけごはんが大好きだったので、一緒に野菜やごまを入れてバランスよく栄養を摂れるよう、母なりに考えたみんなで食べられる回復食だったのだと思う。
父がだいぶ回復した後は、お粥ではなく炊きたてごはんでつくられるようになった。ハート型に焼かれていたり、鰹節の髪、梅干しの口、黒ごまの目など、楽しい表情がついていたりもあり、それも楽しみのひとつであった。
にんじんごはんがきっかけで、幼かった私は野菜が大好きになった。母と市場に買い物に行き、山盛りの新鮮な食材を味見しながら話を聞くのが楽しみだった。それとともに、辛い食事の時間は、市場で見聞きしたことを家族と話しながら食べる楽しい時間に変わっていった。父も野菜や果物の流動食からだんだんと固形物に替わるにしたがって、血の気のない青い顔にみるみると赤みがさしていき、笑顔が増えていった。『からだは食べるものから作られている』と、子どもながらに実感した経験であった。父は現在83歳。昨年の国体で最高齢の山岳競技の審判を務めたほどの元気溌剌ぶりである。
私がライフワークとして開催している「医食同源の奨め」セミナーは、この幼少の頃の記憶が原点である。世の中には、食事を苦しい時間と感じている方は意外と沢山いらっしゃると思う。それは体調によっては自然なことだ。その時間を家族で共有することで楽しい時間にするために、少しでも私の経験が活かせたらと思う。現在、セミナーは勤務先の調剤薬局にて社内研修として開催している。セミナーのために「野菜」を検索していたところ「野菜ソムリエ」という資格に出会い取得に至った。資格取得後は、今まで以上に「野菜」へのワクワクが増幅した。そして、野菜のプロとして人に話す自信がついたことから、今後は社外でのセミナー開催も考えている。春夏秋冬を健やかに過ごすための体調管理法と、漢方の考え方を基に季節野菜を使った簡単料理を合わせたセミナーにする予定で、本格的に内容をまとめているところである。
浅田由佳利さんのプロフィール
長崎県在住。野菜ソムリエ、青果物ブランディングマイスター。7年前、野菜ソムリエという資格に出会って以来、野菜の美しさ、美味しさ、楽しさを、生活者と共に喜び、伝え、全国に広がるワクワク感を日々実感しながら、沢山の仲間と野菜ライフを楽しんでいる。
取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ