野菜ソムリエの思ひ出の味
旅先で出会った「無花果の揚げ出し」

2016年3月23日UP
 15年程前、まだ独身だった頃に両親と妹とともに奈良県へ家族旅行をした時のことだ。旅館で出された料理に衝撃を受けた。それが、「無花果の揚げ出し」だった。我が家は祖父の代からの無花果農家だが、無花果はデザート的な扱いで、そのまま生で食べたことしかなかった。それが、予想外の姿で突然目の前に登場したのだ。ふんわりとした衣に包まれ、出汁にひたされた無花果は、一口食べると出汁の塩気と無花果の新鮮さと甘さが合わさって、さっぱりとした味だった。「うん! これはおいしい!」と、家族みんなで驚き、美味しくいただいたのだが、ただひとり父だけは「そのまま食べる方がうまい。」と言っていた。我が家の無花果に自信をもっている父にとっては、やっぱり「我が家の味が一番!」なのだ。

無花果

 我が家の無花果は、瀬戸内海の潮風をたっぷり浴びる露地で栽培されている。毎年天候が変化するなかでも安定した美味しさを届けるため、父は一年を通して一つ一つの作業を丁寧に行なっている。無花果は、手を入れれば入れる程良いものが出来るのだ。栽培している品種「蓬莱柿(ほうらいし)」は、熟すると口が裂けて日持ちがしない。況して雨にあたると言わずもがな。一つ一つの無花果にお手製の雨よけカップをかけて品質を保ち、収穫は気温が低い朝2時から。その後の温度管理も徹底している。こうして手間をかけた父自慢の無花果は、「ここの無花果じゃないと!」と多くの方に喜ばれている。

 農家の長女として生まれた私は6年程前に本格就農し、広島県尾道市内のホテルや飲食店での移動販売や、マルシェでの対面販売もするようになった。知識をもって自分らしく接客できないかと模索していたところに出会ったのが、野菜ソムリエの先輩だった。そして、その方が運営する広島県の地域校でジュニア野菜ソムリエを取得、野菜ソムリエ講座(広島2期)受講へと至った。資格取得後の大きな変化は、野菜ソムリエの仲間が増えたことだ。試験勉強を通して同期生と深く関わるようになり、SNS上の交流でも常に身近な存在でいる。これからも刺激を受け、繋がっていきたいと思う仲間である。

 現在は、規格外の無花果でドライフルーツづくりにもチャレンジしている。「無花果の揚げ出し」の食体験から、そのまま食べるのが定番のものでも、それにこだわらず調理法を変えると色々な食べ方が出来ると思ったからだ。この自家製ドライ無花果の味は、父も気に入ってくれているようである。とはいえ、完熟した無花果はやはり生で食べるのが最も美味しい食べ方だと思う。我が家では生ハムをのせて食べるのが定番となっている。また、冷凍して半解凍でスライスして食べるのも良い。天然の甘さがクセになる新食感の絶品シャーベットとなるのだ。野菜や肉とも相性がよく、様々に美味しい食べ方のある無花果。生産者として、野菜ソムリエとして、その魅力をさらに伝えていきたいと思っている。

卯元幸江さんのプロフィール
広島県在住。野菜ソムリエ。実家(広島県尾道市)の農園で、四季を通じて様々な野菜をつくっている。主に産地直売所や飲食店へ野菜を出荷し、移動販売もしている。また、加工品づくりにもチャレンジ中。生産者という立場から、野菜・果物の魅力を伝えていきたい。
ブログ http://ameblo.jp/87831sachie

取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ