2016年9月14日UP
地域の特産品を生み出そうと活動していた知人から「食用ほおずきを栽培しているところに視察に行こう。」と誘われ、仲間とともに長野県上田市の農業法人を訪ねることになった。それが、フルーツほおずき(食用ほおずき)との出会いだった。今から5年前、2011年11月末のことだ。時節柄、畑には既に霜が降り収穫は終了していたため、保存してあったフルーツほおずきを試食させてもらった。ガクを剥いて実を取り出し、不思議な香りを楽しみながらひとくちでパクリと食べると、今まで口にしたことの無い、なんとも例えようのない衝撃的な味だった。爽やかな酸味と甘み、ココナッツオイルのような香りがトロピカルで、まるで南国のフルーツのようだった。そんな食べ物が長野県の高地で栽培できることに感動を覚え、翌年の春に苗を譲っていただけるようお願いしたのだった。
ほおずきといえば、夏の風物詩である浅草の「ほおずき市」の赤い見た目を想像し、苦くてすっぱくて食べられるものではないというのが一般的なイメージだと思うが、フルーツほおずきの旬は秋である。クラフト色のかわいらしい外観の中に、オレンジ色の実が隠れている。後味がさっぱりしているので、食事の後に食べると口の中がすっきりする。ビタミンAがトマトの3.5倍あることなどから、「ドライフルーツほおずき」は近年スーパーフードとして注目されつつもある。
早速、生産者グループをつくり、地元の長野県白馬村でフルーツほおずきの試験栽培にとりかかった。当初は、上田市の生産者から譲り受けた「オレンジチェリー」という品種のみを栽培していたが、2年目には、長野県富士見町で栽培されていた「太陽の子」にも興味を持った。インターネットで検索して連絡をとり、生産者を訪問。そこの苗も購入して育てることにしたのだった。
生産者グループといっても、発足時は家庭菜園レベルの主婦ばかり。支柱の立て方、茎や伸びてきた枝を支柱に結び付ける誘引の仕方が他の野菜とは違うため、資材をそろえるところからのスタートだった。どのタイミングでどんな作業をしていけばいいのかさえ分からず、富士見町の生産者のところに出かけて指導を仰ぎ、何度も電話で指導してもらうこともあった。2013年には本格栽培を開始し、2種類のフルーツぼおずきを合計で200本栽培するまでとなった。
無事に収穫を迎え、いざ販売の段になると地元での販売は難航した。無農薬で栽培方法も難しく大量生産ができないフルーツほおずきの価格は決して安くない。だが、希少で美味しいフルーツほおずきの需要は高まると確信していた。首都圏に向けて商談会に出展し、販路の拡大を目指した。また、中小企業振興センターなどで開催するセミナーに何度も出席してマーケティングを学び、まずフルーツほおずきという存在を知ってもらうことと、販売先は高級食材を求めている飲食店や高級志向の方をターゲットにしていくという作戦をとることにした。また、フルーツほおずきを県外(首都圏)に向けてアピールすることで、食べてみたい、畑を見てみたい、収穫してみたいという気持ちになってもらい、スキーシーズンだけでなくグリーンシーズンにも白馬村を訪れるきっかけを与えることで新しい白馬村ファンの獲得をし、さらに今までのファンにも新しい発見や情報を提供することで白馬村へのリピーターを増やしたいと思うようにもなっていった。
本格栽培を開始した時期、野菜ソムリエの資格も取得した。野菜料理を好きなことから野菜を栽培するようになり、そのうちにその野菜の特長、栄養価、栽培方法(発芽時期・温度)、土壌について学び、「自ら野菜を育てる」、「調理する」、「野菜について語れる」というスペシャリストになりたいと思うようになったからだ。資格取得後はたくさんの出会いが訪れ、たくさんのチャンスに恵まれた。野菜について語るときも、経験と知識を認められるようになり、物怖じせず自分の考えを伝えられるようにもなった。今後は、野菜ソムリエの活動をしたいと思っている方たちをサポートして、ゆくゆくはその方が活躍できるように支えていきたいとも考えている。
平瀬久美子さんのプロフィール
長野県在住。野菜ソムリエ。食用ほおずき生産者団体代表、民宿の女将。大好きな野菜料理を作るうちに素材にこだわるようになり、自ら野菜作りに取り組んでいる。珍しい食材に興味を抱いたころにフルーツほおずきに出会い、地域の特産品を作るために栽培を開始。現在は食用ほおずき1500株を栽培する団体の代表を務めている。
取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ