野菜ソムリエの思ひ出の味
好き、嫌い、好き、トマト!

2016年12月7日UP
 小学生の頃、給食で出されるトマトが大嫌いだった。しかし、前は祖母が作ったトマトを喜んで食べていたのだという。それは記憶に残っていないくらい幼い頃のことで、その事実を聞かされた時はとても驚いたほどだった。
 祖母が作ったトマトは完熟で採りたてのものを冷やして食べていたが、給食で出されるトマトは未熟で青臭く、ゼリー部が多くて生ぬるいものだった。くし切りにされたものがアルミ製ケースに入れられて給食センターからトラックで運ばれてきていたため、中で揺れてトマトの切り口がケースにぶつかった感じで、若干アルミ臭をまとっていた気もする。給食は残さず食べるまで居残りとなる。私は掃除の時間になってもたった2切れのトマトがどうしても飲み込めずに涙を流していた。次第に献立表を見ては何回トマトが出てくるかと数えるようにもなっていた。そんなトラウマからか、生のトマトの臭いを嗅ぐと給食のトマトを思い出して拒絶反応が出てしまい、祖母が作ったトマトまでも生では食べられなくなっていた。

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 高校生になっても変わらず、トマトは苦手なままだった。お昼はもっぱら学食を利用し、時々、彼氏が持ってきていたお弁当をほんの少しもらうこともあった。彼のお母さんが作ったお弁当があまりにおいしかったからである。そんなある日、私の母が入院した。それを知った彼は「部活で腹が減るからお弁当を2個作ってくれ。」と彼のお母さんに頼み、私の分のお弁当も用意してくれるようになった。「2つ目のお弁当は少し小さめでいい。」と頼んだことや、食べ方が息子よりもきれいだということから、彼のやさしい嘘は、彼のお母さんにはすぐに見破られたが、それでも快く作り続けてくださったことが、とても有り難かった。
 お弁当の中にトマトが入っていたことがあったが、感謝の気持ちがあったからか、すんなり口にすることが出来た。あまり青臭くはなく完熟の味わいで、大嫌いなはずのトマトがおいしく感じたのだった。2週間後、私の母は無事に退院し、私のお昼ごはんは元通り学食利用となった。彼のお母さんにはお礼に白いポロシャツをプレゼントし、お弁当のおかげで「トマト嫌い時代」が終わったことを告げると、とても喜んでくれた。

 トマトという一つの食材で、好きな時代、嫌いな時代、そしてまた好きになった時代が私に到来した。このことをきっかけに、おいしく食べるには、収穫時期、調理法、シチュエーションが大事なのだと思うようになった。また、栄養士だった彼のお母さんのバランスの取れた献立も、元々料理好きだった私にとってとても良い刺激にもなった。その彼とは残念ながらお別れしてしまったが、青春時代のいい思い出として記憶に残っている。
 以前から気になっていた野菜ソムリエの資格は2012年に取得。“野菜ソムリエ”なんだという“意識”を持ち、その野菜・果物が苦手な人に「これならおいしい!」と言ってもらえるような食べ方を考えたり、この野菜・果物の魅力を一番感じるにはどんな食べ方が一番いいだろうと考えたりしている。前述の通り、「おいしい」の感じ方は人それぞれだ。それも含めて、野菜・果物に真摯に向き合っている。

市原香奈子さんのプロフィール
広島県在住。野菜ソムリエ。源流のある中山間地域で、子どもの頃から家族が作るお米や野菜・果物を食べて育ち、自然と野菜・果物が大好きに。社会人になり、ひょんなことから野菜ソムリエの道に導かれる。現在はレストランホールに勤め、料理を提供する際はお客様へ野菜の魅力をお伝えしている。

取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ