野菜ソムリエの思ひ出の味
近所のおじさんが教えてくれた新漬けオリーブ

 あれは11月の終わり頃だったように思う。幼い頃の思い出にある小豆島は、夜は冷え込むものの日中はまだまだ暑くひりつくような陽射しが差し込んでいた。当時は扇風機すら貴重品。暑い日はどこの家も戸口を明け放っていた。平和でのどかで、風の音、梢の音が、集落の空気を満たしている時代だった。外で遊んでいると、近所のおじさんが家の中で食事をしている光景が目に入った。肉体労働で真っ黒に日焼けした肌に白いランニングシャツを着たおじさんが食べていたのは、洋画の主役が大事そうにカクテルに沈めて食べていた緑のオリーブだった。それを山盛りの白ごはんにぶっかけて、おいしそうにかきこんでいたのだ。

 おじさんはひたすらかきこみつつ、ちらりとこちらを眺め、「オリーブはな、こうして食べるんが、いっちゃん(一番)うまいんや」と、幼い私に優しく話しかけてくれた。私はおじさんが夢中でお茶碗からかきこむ姿に圧倒されてたちすくみ、じっと眺めるだけだった。そしておじさんがごはんを一粒残らず食べつくして御膳を片付けるまで、そこを離れることが出来なかった。TVの洋画で見た西洋のセレブと日本の僻地の近所のおじさん。洋食の貴重品と日本の普段の食事。おしゃれなマナーと日常の食の喜び。目の前に現れたあらゆる対比が幼心にも驚きだったのだろう。

 たいていの家の庭にはオリーブの樹が植えられていたが、オリーブの実は生では食べられないので子どもだった私は興味を持ったことがなかった。しかしその日以来一変。庭に落ちているオリーブの実を拾っては、大人が工場でしているのを真似て「新漬け」作りごっこをするようになったのだ。しかしどんなに頑張っても、子供のお遊びでは本物の「オリーブの新漬け」は出来上がることはなく、結局は食べられなかった。工場から出荷される「新漬け」もたちまち都会へ行ってしまうので我が家の食卓に現れることもなかった。「オリーブの新漬けのっけ白ごはん かきこみ食べ」は憧れの一皿となり、やがて忘れていった。

 小豆島を出て暮らすようになったのは15歳の時だ。島から出るとき、島へ戻るとき、島の山一面のオリーブの樹が風に揺れていた。視界に広がるオリーブ畑の銀色の細い葉が風にそよいで歓迎してくれたり、叱咤して帰ってくるなと厳しい励ましをくれたりするように感じていた。近年になって、ネットサーフィンをしている時に「オリーブの新漬け」のインターネット販売が始まったのを知った。同時にあの日のことも思い出した。そして、やっと「憧れの一皿」を食べることができたのだった。

 小豆島の「オリーブの新漬け」は、今でも季節限定で手作業の少量生産品である。運が良ければ買うことができる貴重品だ。また瀬戸内海産でも、農園、土地、品種で味が変わり、それぞれに特徴がはっきりしていて楽しい。質の良い植物油と多くの滋味成分が含まれていること、生産に関わる方達の「顔がみえる」ことも魅力である。
 食べ方としては、刺身で包んだオリーブの新漬けを野菜スティックと交互に食べるのも好きだが、やはり私の中の「いちばん」は、茶碗によそった白ごはん(炊きたてでも、残りの冷やごはんでも)に漬け汁ごとたっぷりぶっかけるあの食べ方だ。あの日の優しいおじさんの面影にも会うことができるからだ。日焼けした美しい筋肉のあの人の仕事が島の土を作り、水を澄ませ、葉の輝きに、果実の滋味に、工場の喜びに、食卓の幸せにと繋がっているように感じるのである。

 人にとって、食事はからだとこころの健常に大切。野菜は地域の歴史、自然、現在にとって大切。と、それぞれ感じていた。それをしっかりアピールできるようになりたいと考え、野菜ソムリエとなった。資格取得後は、現在の居住地以外で新たな知人が増え、国内外の様々な地域の特色をその土地の野菜や日常の食卓で感じられるようになった。今後は、日常の中で出会う方達との関係を大切にしていきながら、世界のどの土地の食卓もその土地風土の自然と歴史の象徴として楽しみ、それを私なりに文章化して伝えることができたらと考えている。

國土 圭子さんのプロフィール
香川県在住。野菜ソムリエ、ジュニアアスリートフードマイスター、ジュニア食育ソムリエ。これまでの居住地が小豆島を含めて国内外で18箇所。野菜を通じてたくさんの幸せに出会いたいと思う日々を過ごしている。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka