秋になると母の実家がある北海道から大きな段ボールに入った「新ジャガイモ」が届いていた。品種はおそらく男爵だっただろう。新ジャガイモが届くと、母は決まってコロッケをつくってくれた。それが毎年の楽しみであった。
皮をむいてやわらかくなるまでしっかり煮てからジャガイモをつぶすのが母のレシピだ。ほんのたまにだが、気が向いた時にはジャガイモをつぶすのを手伝った記憶もある。母がつくるコロッケはころころとした俵型で、大きく食べ応えのあるサイズだった。なんとも言えないホクホク感と甘みがあり、とにかく北海道の新ジャガイモがおいしくて何個でも食べることができた。二人兄弟の弟も私と同じようにたくさん食べていた。あまりのおいしさに夕食まで待ちきれず、衣をつけて揚げる前のものをつまみ食いしたこともあるほどだった。そんな息子たちの様子を見て、母も嬉しかったのかたくさんのコロッケをつくってくれたものだった。
母は1999年に他界した。北海道から新ジャガイモが届くことも、母の俵型の大きなコロッケを食べる機会も残念ながらなくなってしまった。外食先で大きな俵型のコロッケが出てきた時、何年も前に味わったあの日のコロッケの記憶が口の中によみがえる。それほど印象深い味だった。
今では妻がつくるコロッケが我が家の味だ。思い出の新ジャガイモのコロッケとは別物だが、妻のコロッケにもまた別のおいしさがある。コロッケのおいしい記憶が複層的になってきているようだ。
幼少期から母親とともに家庭菜園で旬の野菜の味わいを楽しんでいた。その原体験があったうえに、転勤で10年ほど福岡県に住んでいた時に九州の恵まれた食生活に触発され、食への関心が年々深まっていった。東京へ帰任後、食に関する活動ができないかと思っていた時に野菜ソムリエの存在を知った。資格を取得後は野菜ソムリエコミュニティさいたまの活動を通じて、生産者の方々のご苦労や思いを十分に理解出来るようになってきた。また、2016年1月~12月の一年間、川口市が主催する農業塾を受講し、野菜作りの楽しさや難しさも学んだ。
そして今年2017年3月末に、30年間勤務した会社を退職。12月中旬開業を目標に、地元川口市にて食品販売店の開店準備を行っている。店のコンセプトは、「まちのマルシェ、地元農家さんの応援隊、地産地消」だ。店名は、「きらきらと輝く野菜、惣菜が揃っています。そして、皆様の食卓がきらきらと輝き、人生がきらきらと輝くお手伝いをさせていただきます。」という思いを込めて「きらりー菜(な)」と命名した。今後は生産者の方々が思いを込めてしっかりと作っている野菜を、きちんと生活者の方々に届けられる青果店を作り上げたいと思っている。
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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