私にとっての思ひ出の味、それは「三つ葉の菜種和え」である。母がよくつくってくれたお料理で、幼少期から食べ慣れているのでホッとする味だ。一人分ずつ小鉢に盛られ、普段は食卓の隅にそっと並べられていた。三つ葉の茎の部分の食感が少し残り、シャキっとして口の中で春らしい香りがする。何げなく口にしているうちに、気づいたら三つ葉のこの独特な香りが好きになっていた。
普段は存在感が薄い「三つ葉の菜種和え」だが、おひな祭りの日だけは様相を変える。おひな様の段飾り用の小さな漆器に盛られて、ちらし寿司や蛤の潮汁と一緒にお膳に並ぶのだ。まるで晴れ着をまとったかのように、華やかなで上品な一品に変身する。私たちは三姉妹ということもあって、ひな祭りには毎年大きな段飾りを並べていた。そして、その前で賑やかにハレの日の御膳をいただき、節句をお祝いしてきた。三つ葉を買って自分でつくる時、ふとあの晴れやかな日の情景が思い浮かぶ。私にとっては桃の節句、春を感じる季節料理でもある。
「三つ葉の菜種和え」は、母方の祖母から代々伝わっている家庭料理である。添え物など脇役に回りがちだが、この料理に関しては三つ葉が主役だ。「かさが減るから、2束、3束、たくさん入れてもいいのよ」と、母はいつも言っていたことも思い出す。
作り方は、食べやすい長さに切ったしらたきをから煎りし、醤油で下味をつけた鶏ひき肉、酒、みりんを加えて、水分が少なくなるまで炒めた後、2センチくらいの長さに切った三つ葉を加えてさっと炒め、最後に溶き卵を回し入れて全体に絡んだら火を止めるだけだ。菜種は入っていないのだが、火が通って黄色くなった卵が菜の花のように見えることから、菜種和えと呼んでいる。
三つ葉の菜種和えのレシピは結婚前に母に教わり、婚家でも時々つくっている。実家の味付けは少々濃いめである。今は、家族の健康を考えて薄味になるよう気をつけている。最後に入れる溶き卵は、別鍋で炒り卵にして振りかけると黄色がキレイに出ることがわかった。私のつくる三つ葉の菜種和えは、母のレシピから少々アレンジしたものとなっている。
大学進学を機に息子が今春から一人暮らしをする。このメニューは息子の好物でもある。自炊をしたいと言うので早速レシピを伝授。出汁を足してあんかけにする食べ飽きないアレンジ手法も合わせて伝えた。あんかけに仕立てれば、ごはんにかけて丼もよし、うどんにかけても美味しくいただける。息子にも食べ物から季節を感じて欲しいものだと思っている。
野菜ソムリエ講座を受講したのは、少年野球チームに所属していた息子のためだった。運動するための身体づくりには食事が大切だと思い、食に関することを学びたかった。今から10年ほど前のことである。資格取得後は、野菜ソムリエのお仲間を通じて食育の活動をすることになり、地域活動に携わるようになった。
今では、料理教室・リトミック・絵本の読み聞かせを組み合わせた未就園児向けの幼児サークルを主宰している。毎回テーマを決めて、それにちなんだ絵本・手遊び・食材のクイズ・料理づくりをする。親子で参加いただくことで絆が深まり、子育て支援にもつながる活動だと思う。他にも、ちば食育ボランティア、千葉市食生活改善推進員として高齢者の皆さまへ向けた料理教室を担当することもある。また、医療関係の仕事をしていた経験と合わせて野菜ソムリエプロとして、小学校や中学校の保護者向けに野菜の魅力や食の大切さについて講演することもある。当初はなんとなく食育活動が出来たらと考えていたが、資格取得を通じて様々な方に出会い、学ばせていただき、具体的な活動に繋がっている今を大変ありがたく思っている。
今後は、今やっている活動をしっかりと続けていくことを目標にしていきたい。野菜ソムリエコミュニティとしても定期的にイベントを開催しているので、さらに野菜ソムリエの交流の輪が広がっていくといいなと思っている。
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タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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