野菜ソムリエの思ひ出の味
“ユートピアファーム宮古島”のキーツマンゴー

 今から15年以上前、まだサラリーマンをしていた頃である。私は沖縄の離島巡りにはまっていた。はじめは八重山諸島を旅していたが、宿で出会ったバックパッカーから「宮古島の海がキレイだよ」と聞いて足を延ばしてみると、そこには感動的に青く美しい海が広がっていた。その“宮古ブルー”にすっかり魅了された私は、宮古諸島へも足繁く通うようになった。

 “ユートピアファーム宮古島”へ初めて訪問したのは、2度目の来島時に参加した周遊ツアーでのこと。バナナやパパイヤの他にも珍しい南国フルーツの樹木が植えられていて、その生育状況を間近で見られることがとても楽しい経験だった。フルーツ好きの友達にも見せてあげたいと思い、3度目の来島時に再訪。そしてその日、キーツマンゴーとの運命的な出会いを果たしたのだった。

 入園料を支払うため隣接しているパーラーの扉を開けると、壁一面に化粧箱に入れられた特大サイズのキーツマンゴーがずらりと並んでいた。人の顔よりも大きく、これまで見たことがない薄緑色の容姿に驚愕。それが20玉以上も並ぶ光景は圧巻だった。店員さんによると、キーツマンゴーの旬は短く2週間程度しか店頭に置かれないとのことだ。やや高額ではあったが、このタイミングで出会えたのは運命だろうと思い、迷わず購入することにした。
 売り場には「すぐには食べられません。4〜5日常温で置いてください」と書いてあった。その頃の私はまだ“追熟”という言葉も知らず、すぐ食べられないことの意味がわからなかった。店員さんに詳しく聞いてみると、すぐに食べられる真っ赤なアップルマンゴーなどのアーウィン種とは異なり、このキーツ種は追熟が必要で食べ頃を見極めなければならないと言う。皮に光沢が出て、甘い香りがしはじめ、薄緑色からうっすら黄色みがかり、持った時にしっとりと手に馴染むようになったら食べ頃だそうだ。「とにかく毎日様子を見てあげてください」という言葉が印象的だった。まるで生き物を育てるような取り扱いの難しさも興味深かった。農園の中に入ると収穫間際のキーツマンゴーも樹からぶら下がっていた。一緒に行った友達の顔よりも大きく、1キロ以上もある実が細い枝の先にぶらさがっている様子は不思議な感じもした。

 大切に自宅まで持ち帰ったキーツマンゴーは、食べ頃サインが出るまで7日くらいかかった。追熟を待つ間は、たっぷりと愛情を注ぎ、ひよこを孵化させるが如くワクワクと不安とが入り交ざる複雑な気持ちを抱きながら過ごした。思い返せば、ひとつの果物とこんなに向き合うことはなかったので、とても幸せな過程だったと思う。
 包丁を入れる瞬間はドキドキした。1時間程度冷やしてから、平たい種に沿って3枚おろしにし格子状の切れ目を入れて皮を反り返すフラワーカットにした。マンゴーそのものが大きいので1片がマシュマロくらいの大きさになり、ひと口でも果汁が口中にあふれた。香りは控えめでありながら、濃厚な味わいと強烈な甘さ、トロッとした食感。食べた瞬間、雷に撃たれたような衝撃が走り、キーツマンゴーの虜になった。
 この日をきっかけに様々なマンゴーを食べ比べしたくなった。調理師学校時代に短期留学したオーストラリアでは、スーパーや市場をまわってマンゴーを買っては写真に残し食べた感想を記録した。南米のボリビアを旅した時は、街中に鈴なりのマンゴーの大木を目にして感激した。入り口はマンゴーだったが、世界にはまだまだ自分が見たことも食べたこともない野菜や果物があるのだと知り、ワクワクが止まらなくなった。

 サラリーマンを辞めて食の仕事に就きたいと思うようになった理由はいくつかあるが、宮古島でのキーツマンゴーとの出会いもその一つであるように思う。併設のパーラーの新作メニューの試食を依頼されるなど、ユートピアファーム宮古島の代表をされている上地氏とは、今も良好な関係を続けている。少し前には、沖縄県産マンゴーの魅力に迫るワークショップを自ら企画し、野菜ソムリエになる前に宮古島や海外で出会ったマンゴーの魅力を伝えることが出来た。
 野菜ソムリエになって10年、ありがたいことに日本各地のJAさんや生産者さんを訪問する機会もいただいてきた。そこで得た産地ならではの食べ方や様々な情報を生活者に伝えることで、今まで以上に野菜果物に興味を持って好きになってもらいたいし、消費拡大にもつなげたい。これからはマルシェや販売サポートなどお客様に直接お話しできるシーンを大切にして活動していきたいとも思っている。

知久幸子さんのプロフィール
茨城県在住。野菜ソムリエプロ。野菜と果物の魅力を通じて「幸せなキモチ」をお届けする野菜ソムリエとして、レシピ開発、セミナー講師、アドバイザー、コラム執筆などマルチに活動中。第7回野菜ソムリエアワード最終選考 ファイナリスト。
Instagram:sachi213
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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