野菜ソムリエの思ひ出の味
運気を変えた母の特大ロールキャベツ

 転職をして仕事が辛かった時期、いろいろとリセットしたいと思って実家に帰ったことがあった。その時にふと母のロールキャベツが食べたくなり、つくってほしいとリクエストしたのが最初だった。特に悩み相談をした訳ではなかったが、母のロールキャベツを食べた後、とても仕事が順調に進んだ。やがて、私が仕事や人間関係に疲れて実家に帰る時、姉夫婦が実家に集合する時など、母は季節を問わずいつもロールキャベツをつくって待っていてくれるようになった。

 母がつくるロールキャベツは、縦5cm横10cmもある特大サイズだ。具は、多めの合挽き肉に、玉ねぎ、にんじん、しいたけ。それを1枚の大きなキャベツの葉で包み、ベーコンを巻いている。スープの味はコンソメとケチャップ。肉肉しく、この一品だけでご馳走感がある。
 柔らかく煮込まれたロールキャベツは大皿に盛り付けて食卓に出される。湯気の立ったゲンコツサイズのロールキャベツをスープとともに小皿に取り分け、箸でつまんでダイレクトにかぶりつく。味つけはしっかりめで、どっしりとした食べ応えがあるが、具材の旨みが滲み出たスープが食欲のスイッチを押すのだろうか。瞬く間に食卓の大皿は空になる。すると母が石油ストーブの上に載せてある鍋から熱々のを大皿に追加してくれる。そしてまた空になる。母のロールキャベツは無限の如く食べられる味わいだ。

 実をいうと子どもの頃は母の料理があまり好きではなかった。冷たいとおいしいものが中途半端にぬるかったり、柔らかいとおいしいものが硬かったりすることがあったからだ。今思えば、あの頃の母は非常に忙しかった。ゆっくり料理する時間はなかったのだと、大人になって気がついた。またロールキャベツは思った以上に手間がかかる料理であることも、自分でつくってみて気がついた。母が家族のために忙しい中で時間を割いて手間のかかるロールキャベツをたくさんつくってくれていたことを思うたび、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。そして「また明日から頑張ろう」と思わせてくれる母のロールキャベツがあらためて大好きになった。

 社会に出た時から「自分の店を持つこと」が夢だった。野菜ソムリエプロの資格取得を志したのは、その店の成功のためでもあった。そして昨年、念願叶ってレストランを開業。しかし当初は自分の理想通りにはいかず、メニューづくりにも悩む日々だった。
 そんな折、暗闇に小さな明かりを灯してくれたのも、母のロールキャベツだった。お店を手伝ってくれていた友人が「そんなにロールキャベツが好きなら店で出したら?」と助言してくれたのだ。友人は私と母のロールキャベツのエピソードを知っていた。迷わず、店のメニューにオリジナルのロールキャベツを加えることにした。
 キャベツはどんな調理法でもおいしいが、「蒸して(スチーム)」いただくのがベストだと感じた。栄養素を逃さないための短時間調理でも、食感はとろりと柔らかくなるように工夫。中の具材は半分以上を野菜に。でも食べ応えは出す。スープに溶け出した栄養素もすべて食べていただくために、シメはリゾット仕立てで楽しんでもらう。そうやって試行錯誤を重ねて生まれたのが、現在の看板メニュー「スプーンで食べる!とろけるスチームロールキャベツ」だ。お客様からは、「柔らかくて優しい味で、何個でも食べられる。スープもすべて飲みほしたい」と好評だ。次第にこのメニューを目的に来店してくださる方やリピーターも増えてきた。今でも実家に帰ると、母はロールキャベツを用意してくれる。母には本当に心から感謝している。

澁谷直貴さんのプロフィール
愛知県在住。野菜ソムリエプロ。愛知県名古屋市中村区名駅南5丁目で『broccoli』というレストランを経営。特別な野菜ではなく身近な野菜をおいしく食べていただけるような調理法を大切にし、看板メニューのロールキャベツを毎日手作りで提供している。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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