幼児期から小学生の頃、滅多に風邪をひくことはなかったが、急に寒くなる冬の時期には、年に一度だけ風邪をひいて寝込んでしまうことがあった。私はいつも元気に外で遊んでいるような子どもで、体調を崩すことには慣れていなかったため、少し熱が出るだけでも本当につらかった。そんな時、母が決まって食べさせてくれたのがイチゴだった。「イチゴにはビタミンCがたっぷりだから、風邪が治るよ」といつも優しく言いながら食べさせてくれたものだ。「薬はまずいのに、イチゴはおいしくて風邪を治してくれるものが入っているなんて、すごい食べ物だ!」と、幼心にイチゴのパワーと物知りな母親に驚いたことを覚えている。
当時のイチゴは酸っぱいものが多く、母はよく、器に入れたイチゴにたっぷりの白砂糖とよく冷えた牛乳をかけて出してくれた。ブルーの柄がついた先割れのイチゴスプーンで、まずは全部のイチゴを潰してしまう。イチゴの酸っぱい果汁と風味を牛乳へと絞り出すのだ。幼かった私はうまくイチゴを潰せなかったので、母が代わりにやってくれることが多かった。
ぺったんこになったイチゴだけを先にすくって食べ、果汁でピンク色に染まったイチゴミルクは最後に飲み干す。それが私の大好きな食べ方だ。甘いミルクをまとったイチゴのトロっとした触感と、甘酸っぱいイチゴミルクが熱っぽい口の中をひんやりと通り抜ける感じが、たまらなくおいしかった。実を言うと甘いものはあまり好きではなかったのだが、あのイチゴミルクの甘さだけは、私を幸せな気持ちにさせた。そして、風邪をひくのも悪くないな…とさえ思ったのだった。
イチゴに限らず、母は、夏になるとご飯(お米)を食べない私に「お米は元気が出る食べ物だから、力がつくのよ」と、食べ物とからだのことを関連づけて自然と興味がわくようにも話してくれた。一旦は別の道に進みながらも、「病気で食事制限があってもおいしく食べて欲しい。そのための提案ができる人になりたい」と管理栄養士へと方向転換した背景には、幼い頃から耳にしていた母の言葉の数々が少なからず影響しているようにも思う。そして今、「イチゴにはビタミンCがたっぷりですよ」と患者さんに話している自分がいる。
野菜ソムリエの資格を取得したのには、自身が野菜好きだということもあるが、医療機関で栄養相談を受け持った時に野菜を食べない患者さんがあまりに多かったことも、きっかけのひとつにある。そういった方々においしく野菜を食べてもらえるような自然な提案ができれば、おのずと減塩につながり病気の予防にもつながると思ったのだ。そして将来的には、野菜の魅力・情報を誰もが平等に得られる環境づくりができたらいいなとも思っている。
野菜ソムリエになってすぐの頃、10年来の友人が、香川県のイチゴ生産者さんを紹介してくれた。その生産者さんのイチゴはそのまま頬張っても、幼い頃に食べたあのイチゴミルクをしのぐおいしさだった。当然のように私はそのイチゴの虜となった。電話でお話を聞いたり、圃場を訪ねたり、イチゴを通して生産者さんの心やイチゴへの熱い思いを知ることができた。今では家族のように親しくさせてもらっていて、このご縁はこの先もずっと繋いでいきたい。
母とのイチゴミルクの思い出、イチゴ生産者さんとの貴重な出会い。思えば、初めてブログを書いた時もイチゴのエピソードを綴っていた。私にとって、イチゴは特別な存在なのである。
ブログ「管理栄養士 篠原絵里佳の睡食賢健美のススメ」
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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