野菜ソムリエの思ひ出の味
寡黙な父と、スイカと私

 私が5歳の頃のある夏の日、父がスイカを持って帰宅した。その日はとても暑い日だった。私はスイカが好物だったこともあり、思わず皮に近い白い部分まで食べ尽くした。その様子を見た父はとても嬉しそうな声で「そんなにおいしいか?」と笑いかけてくれた。普段の父はとても無口で、幼い私にとって怖い存在に思っていた。そんな父が優しい笑顔で話しかけてくれたのだ。私はすごく驚き、そしてなんだか無性に嬉しかった。
 以来、スイカを食べる度に私は白い部分までスプーンでガリガリと削って食べるようになった。白い部分が好きだとかおいしいというわけではなく、そうすると父が喜ぶと思ったからだ。そしていつしか「早苗はスイカが好きだなぁ」というのが、父の口癖になっていた。

 23年の月日が経ち、私が長男を妊娠した時のことだ。つわりがひどくて何も口にできず、体重が10kgも減ってしまっていた。そんな私を心配して、隣家に住んでいた父がスイカを買ってきてくれた。3月だったのに一体どこで入手したのだろうか。季節外れのスイカはとても高価だったと思うが、大好きなスイカなら少しは食べられるだろうと探してきてくれたのだった。恥ずかしがり屋の父は、自分で持ってくることはせず、母に託して私へと届けさせた。
 切りたてのスイカからは爽やかな香りが広がり、「いい香り〜」とやっと生きた心地がしたことを今でも覚えている。当時はバナナ一口を食べるのでさえ困難なほどの、ひどいつわりだった。買ってきてもらったスイカは、よく冷やし時間をあけて一口ずつだが、おいしいと思いながら食べることができた。あとでお礼を言いに行くと、父はいつものようにあまり感情を出さない声で、「何か口に入れないとな」とボソッと答えた。大人になった私は、その表情にもしっかりと父の愛情を感じることができた。
 その後もつわりはおさまることがなく、ごはんの炊ける匂い、エアコンの匂い、とにかくすべての匂いが鼻につき、その度にカットスイカを入れたマグカップを鼻に押し当て、それらの不快な匂いをスイカの香りでかき消しながら生活していた。つわりは出産直前まであったので、妊娠中に何個スイカを買ったかわからないほどだった。「このまま食べなかったら、母子ともに危険ですよ」と入院までしたが、スイカのおかげで何とか出産することができたのだと思う。

 今でもスイカは大好きだ。スイカを見るたびに、「何か口に入れないとな」と言った時の、少し照れ臭いようなぶっきらぼうな父の顔を思い出す。私にとってスイカはパワーフードのような存在だ。仕事でうまくいって欲しいと思う時に、ストックの冷凍スイカがあれば食べるようにしている。子どもの頃はとっつきにくいとしか思っていなかったが、自分も仕事をするようになり、父は広い視野を持っていたなあと思えるようになった。そして同時に「思い出=食育」なのだろうと、ふと思う。

 さて、私が野菜ソムリエになったのは「肉とごはん」ばかりの食事によって、夫が太ってしまったからである。資格取得後はせっせと野菜料理をつくり、無事に夫のダイエットは成功。野菜の底力を知ったことで、多くの方に少しでも簡単に野菜を摂取してほしい、そのやり方を伝えたいと思うようになった。現在の活動のメインは自宅料理教室だが、企業の社内誌などへの野菜レシピ提供なども行なっている。今後は、週末につくりおき冷凍レシピを家族全員で作るというオペレーションを伝えるなど、男性も家事に参加することまでも提案していきたいと思っている。

根本 早苗さんのプロフィール
東京都在住。野菜ソムリエプロ。野菜が主役の料理教室主宰。企業の社内誌・インスタグラムにて「つくりおき冷凍レシピ」「時短レシピ」「つくりおき野菜おかず」を定期掲載中。冷凍講座・野菜栄養講座の開催、レシピ開発などを通して、「もっと簡単に栄養満点な食卓を!」をコンセプトに活動中。
ブログ 野菜ソムリエSANAの“楽”Life!
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka