野菜ソムリエの思ひ出の味
節分に毎年食べていたとろろ汁

 物心ついた頃には当たり前に食卓に出されていた、節分の日の夜のとろろ汁。豆まきを終えた後の夕食に、焼いたメザシ(いわしの目に藁や串を通して数尾ずつまとめた干物)と一緒にいつも並んでいた。我が家のとろろ汁は、長芋を大きなすり鉢で擦ってたっぷりのかつおだしで薄めたサラサラのもの。それをごはんにかけて食べるのだ。そして家族の無病息災を願うというのが習慣行事であった。

 子どもだった私にとっては地味なメザシもそうだが、サラサラし過ぎたとろろ汁がどうしても好きになれず、何度も母にだしで薄めないでとお願いし、だしを入れる前のとろろを自分の分だけよけてもらい、醤油だけを入れてふわっとしたとろろをご飯にかけて食べていた。

 私は40歳を過ぎて、野菜ソムリエになった。自身の健康管理を意識しはじめた時期でもあり、ガンを患った父のために野菜の抗酸化成分などについても勉強したくなったからだ。そして多くの方に病気にならないためにも、野菜を食べましょうというメッセージを伝える重要さを感じるようになった。今は、生産者の見える野菜を自分で仕入れ販売することで、野菜のストーリーを伝えることがとても楽しく、ライフスタイルになっている。
 勤め先の百貨店の野菜売り場で、節分が間近になったある日のこと。「この時期、長芋を売らないんですか?」と、店長に提案をしてみた。すると返ってきた答えが、「何で?長芋?」だった。店長のまさかの反応に驚愕。私はその瞬間まで、節分にはどの家もあのサラサラのとろろ汁を食べるものだと信じて疑わなかったのだ。
 後日、節分にとろろ汁を食べる習慣は長野県の特に北信部(中野市周辺)の伝統的な習わしであったと知った。じつは、父方の両親は長野県の中野市出身である。我が家における節分の習慣は父方の祖母から母へと受け継がれたものだった。そしてそのレシピは、母から姉に受け継がれ、姉の子どもたちも節分にはサラサラのとろろ汁を今も当たり前の習慣として食べている。

 長芋の行事食といえば「三日とろろ」は知られているだろう。疲れた胃腸にやさしく、滋養強壮の働きもあるとされ、長芋はとてもいい食材であると思う。長芋七変化とも言うが、生でとろろやサラダに、焼いても、煮ても、揚げてもおいしく、しかも保存もきく。主婦にとっては優秀なお助け野菜の一つだと思う。
 なぜ節分にとろろを食べる習慣が生まれたのかと調べてみると、長芋を鬼の金棒に見立てて、それを平らげることで鬼を祓うという説、長芋を擦っている姿が鬼の角を擦っている様にみえるから鬼が逃げ去ったという説、鬼が滑って家に入れないようにする説など諸説あった。北信部は長芋の生産地でもあることから、自然と発生した食文化のひとつなのかもしれない。
 あらためて意味を知ると地方の食文化の面白さを感じ、長芋を食べるときにはいつも思い出す素敵な思い出となった。今では野菜を食べる時にその生産地や生産者のことを思い描きながら食べるようにしている。すると、よりその食材がおいしく思えるようになるのだ。

おぎねぇ(荻原なお子)さんのプロフィール
東京都練馬区在住。野菜ソムリエプロ、アスリートフードマイスター、アンチエイジングフードマイスター。都内百貨店で、旬の野菜や伝統野菜、珍しい野菜を紹介しながら、そのレシピや生産者の紹介などを行っている。またフリーアナウンサーとして、自治体の野菜や果物イベントでMCをしながら、その魅力を伝えている。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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