冬には主に白菜キムチ、夏になるとオイ(キュウリ)キムチや水キムチなど、実家の食卓には季節ごとに母の手づくりキムチが並んでいた。全体的に辛さは控えめで、化学調味料は入っていない。さっぱりとしてサラダ感覚でたくさん食べられるのが我が家のキムチである。なかでも「白菜キムチ」は私にとって思い入れが深い。母がつくるキムチのなかで最もおいしく、最も手間がかけられていて、最も愛情を感じるキムチだからだ。
母は家のことはどんなことでもやってのける完璧な専業主婦だった。私はそれに甘えて暮らし、家事も料理もなにもしないまま独身時代を過ごした。結婚して実家を離れ自分で料理をするようになったが、キムチだけは母がつくって送り続けてくれたので、相変わらず自分でキムチを漬けることはなかった。
そんなある日、結婚した娘のためにキムチをつくる母の姿をふと想像した。なんだか申し訳ない気持ちがこみあげてきた。そして、「この母のキムチを私もつくれるようになりたい」「自分の子どもにもこの味を残していきたい」「いつか手づくりのキムチを多くの方に伝えていきたい」と強く考えるようになったのだった。
いざ教えてもらおうとした時、母の手元にはきちんとまとめられたレシピがなかった。母ぐらいになると目分量でできてしまうのだ。そこでまずは、塩漬け、切り方、入れる材料、粉唐辛子のことなど、白菜キムチをつくる基本の手順から教えてもらうことにした。
嫁ぎ先と実家は遠いため、母と一緒に漬けたのは一度ほどだ。あとは、しょっぱい、水っぽい、うまみがない、粉っぽいなど、失敗した味を伝えて、その都度アドバイスをもらうようにした。実際に漬けてみないとわからないことは多々あり、何回も何回も失敗を繰り返したことで気づいたことがたくさんあった。
白菜キムチづくりはとても繊細な作業である。同じようにつくっても、塩加減、気温、その日の精神状態にも左右され、毎回同じ味を出すことがじつは難しい。当初は漬けるたびに味が異なり、ひとつ改善されると他がダメになることもあって、何度も書き直して自分なりの白菜キムチレシピをつくりあげてきた。また、「急いでつくらない」「適当な分量にしない」ことも心がけている。気持ちをこめてつくらないと雑な味になってしまうからだ。
結婚以来ずっと専業主婦だった私だが、かつて抱いた「いつか手づくりのキムチを多くの方に伝えていきたい」という思いを今は実現させている。きっかけは子育てが一段落した7年前、食生活に役にたつと思って野菜ソムリエになったことだ。野菜のことを知ると料理がさらに楽しくなり、野菜たっぷりの韓国料理教室を開催するまでになったのだ。レッスンでの一番人気は「手づくり白菜キムチ」である。初めて手づくりの白菜キムチを食べた方は市販のものとはまったく別物のおいしさに喜び、毎年講座に参加してくれるようになった。そして自分の分だけでなく、親戚や友達の分までつくっている。誰かのために想いをこめて一生懸命につくっている参加者の姿には、いつも感動する。本当に白菜キムチは愛情が詰まった料理なのだと感じる瞬間でもある。これからもキムチづくりなどを通して、「野菜料理が生活にもたらすハッピーな要素」を多くの方に伝えていきたいと思っている。
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タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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