私にとっての「思ひ出の味」は、幼い頃のちょっぴり寂しい気持ちも含めて思い出す味である。今から40年以上前、私が子どもだった頃のことだ。あまり料理が得意でなかった母は、他の子のお母さんのようにおやつを手づくりしてくれることはなかったが、時々、学校から帰るとテーブルの上に、ザルに盛られた蒸かしたサツマイモやジャガイモが無造作に置かれていることがあったのだ。
母は仕事をしていて、私が学校から帰る時間帯は家にいなかった。誰もいない家に帰り、私は毎日寂しい思いをしていた。いつものおやつはお小遣いで買う駄菓子屋のお菓子である。しかし、家に入ってテーブルの上を見て、蒸かしたサツマイモやジャガイモがのっていると「あ、お芋だ!やったー!」と小躍りするような思いだった。手がこんだものではなく、華やかさもないけれど、家事や料理が得意ではない忙しい母が、私のために用意してくれたことがとても嬉しかったのだ。
当時のサツマイモは、今人気のねっとりとして蜜があるタイプではなく、ホクホクしてやわらかい甘さがあるタイプで頬張るとむせてしまうこともあった。今でも私は子どもの頃に食べたホクホクしたタイプのサツマイモが好きだ。大人になって懐かしい気持ちも合わせて楽しんでいる。ジャガイモが用意されていた時は、単に塩をつけて食べていた。この素朴なおやつのおかげで、野菜そのものの味を楽しめるようになったのだと思う。
母とは逆に、私は料理が好きになった。けれども、野菜を料理する時は手が込んだ加工ではなく、できるだけ素材の味を楽しむことを大切にしている。例えば、里芋はきぬかつぎに、ジャガイモ、サツマイモ、キャベツ、ブロッコリー、ニンジン、カボチャなどのかための野菜は、蒸して温野菜サラダにすることも多い。もちろん手を加えることもできるが、やはりシンプルに野菜の味を楽しむことが多い。そういえば、自分の子どもたちのおやつに、蒸かしただけのジャガイモを出したこともある。子どもたちは喜んで熱々を頬張って食べてくれたものだった。
さて、私が野菜ソムリエになったのは10年前のことである。子育てが一段落ついて、何か始めようとインターネットで様々な資格を調べていく中で、野菜ソムリエのページに行きついた。野菜は好きだったのと、講座が地元で開かれていたので受講に至った。資格取得後は、野菜だけではなく食全般に興味を持ち、調理師の免許を取得したり、その他の食の資格や食育に関する勉強をしたり、デイサービスで調理の仕事についたり、介護食につい勉強したり。今は、野菜を介護食にたくさん取り入れることや、どうしたら食べやすくおいしい野菜料理ができるかを実践しながら、これからも学んで行きたいと思っている。すべての始まりは野菜ソムリエから始まった。学ぶ楽しさを知り、もっとよくなりたいと思う気持ちが今でも続いている。60歳になった今でも…。
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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