野菜ソムリエの思ひ出の味
母がつくってくれた筍ちらし寿司

 旬のものを食べ、香りや素材から季節を感じる大切さを学んだのは、母がつくる「筍ちらし寿司」からだった。

 我が家では、春になると毎年、富士市芝川町の親戚から筍のおすそわけがあった。筍がたくさん採れる場所に住んでいたのだという。親戚はいつも何の予告もなく突然やってきて、新聞紙に包んだ筍を置いていった。包みの中には、たいてい、まだ土がついたままの新鮮で大きな筍が2〜3本。私はそれを見て、「わっ!すごく大きな筍がきた!お寿司にしたり、煮たり、楽しみだな」とワクワクしたものだった。
 母は手際よく筍の皮をむき、米糠と唐辛子で下茹でをした。下茹でが済んだ筍は細かく切って、にんじん、かんぴょう、油揚げ、干し椎茸などたくさんの具材と一緒に味をつけて煮る。筍の香りが消えないよう、干し椎茸の量は控えめにするのが母のレシピである。
 筍ちらし寿司はいつも大量につくっていた。大きな寿司桶に、炊きたてのごはんを一升。そこにすし酢をかけてしゃもじで崩していく。私はうちわを構えながら、母の手元をじっと見ていた。なぜなら、私には、味見役とすし飯をうちわであおぐという大切な任務が与えられていたからだ。幼い私にとっては、ごはんの湯気が熱過ぎたり、酢の香りでむせてしまったりすることもあった。それでも一番に味見をしたいという気持ちから、我慢しながら必死にうちわであおぎ続けた。母はそんな私の様子を見て、「おいしい物をつくると言うことは、こういう見えない苦労が必要なのだ」と教えてくれたものだった。
 酢飯がつやつやに仕上がるとついに待望の味見である。ひとくちもらい、「わっ!おいしい。いつもと同じ味だ」と満足げな私の表情を確認すると、母は次の工程へと進む。煮た具材を合わせ、錦糸たまごや海苔を盛り付ける。最後に木の芽を添えて完成だ。
 できあがった筍ちらし寿司は大きな寿司桶のまま食卓の真ん中にどどーんと置かれ、そこから母がお皿に取り分けてくれた。筍がたっぷりと入っていて、幼心にも春の香りそのものだと感じた。食いしん坊な私は何度もおかわりをして、母は「今年も筍が食べられてよかったね」と微笑んでいた。

 そんな私が大人になって嫁いだのは農家だった。何か私にできることはないだろうかと考えていた時、「家の光」という雑誌で野菜ソムリエの存在を知った。約16年前のことだ。人気殺到の資格で半年ほど待ってから受講。当時は第1子妊娠中で、最後は大きなお腹を抱えて横浜まで試験を受けに行った。資格を取得して最も変わったのは、野菜の素晴らしい魅力に取り憑かれたことだった。

 さて、筍は成長が早く、春という旬を最も身近に感じられる食材ではないだろうか。母と同じように、私も我が子のために、筍の季節になると毎年必ず筍ちらし寿司をつくっている。
 今春は、新型コロナウイルスの影響で出荷先のファーマーズマーケットが休みになるなど、家業にも影響を受けているが、母から学んだことは忘れないようにしたい。そして、野菜ソムリエとして、どんな状況にも対応できる身軽さを身につけたいとも思っている。

神尾かほりさんのプロフィール
静岡県在住。野菜ソムリエプロ、つくりおきマイスター。生産者でありながら、冷凍生活アドバイザー、フードレシピストkaoriで地元函南めぐり野菜専属野菜ソムリエとして生産者と生活者の架け橋となれるようにSNS、ファーマーズマーケット等で活動している。
Instagram:_kamio_farm831117
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka