野菜ソムリエの思ひ出の味
地域の宝「吉川ナス」に魅せられて

 福井県農林水産部販売開拓課の案件で、野菜ソムリエとして福井の伝統野菜を担当することになったのは、2010年4月のことである。一般的な会社員だった私は、その時に初めて、福井にもその地域にしかない伝統の野菜があること、それらの種子は地域で大切に守られ、人々の努力によって先祖代々伝えられてきたことを知ったのだった。

 特に強い印象を受けたのは、伝統野菜のエース格「吉川ナス」である。千年以上の歴史があるとも言われ、圧倒的な存在感があった。重さ約300gのソフトボールくらいの丸ナスで、光沢のある黒紫色をしている。皮は薄く、よく締まった肉質。煮崩れしにくく、油との相性がよい。甘くとろけるような味わいが絶品だ。初めて食した時には「この世の中に、こんなにおいしいナスがあるのか!」と衝撃をうけた。
 新聞のコラムでは、「吉川ナスの肉みそ田楽」を提案した。吉川ナスを少しくり抜いて丸ごと揚げ、くり抜いた部分と鶏ひき肉を甘めの田楽味噌で練り炒めて詰め戻す。肉質がしまった中に油がじわ~っとにじみ、口の中でとろけるような味わいと、楽しさとおいしさを感じるレシピである。試作のたびに、「なんておいしいナスなのだろう。こんなにおいしいナスだということをもっとPRしたい」と強く思うようになっていた。

 そんな素晴らしいナスなのに、一度は栽培の継承が危ぶまれている。昭和初期には関西方面に続々と出荷されるほど盛んにつくられていたものの、栽培が難しく収量も少ないため、栽培農家が1軒にまで衰退してしまったのだ。このまま失ってはいけないと考えた農家10人が2009年12月に「鯖江市伝統野菜等栽培研究会」を立ち上げ、栽培農家は現在17人まで増えているという。たった一人で吉川ナスを守り切った最後の農家から種を受け継ぎ、定期的に栽培講習会を開催し、共通の栽培指針に基づき品質維持向上に努めておられる、農家の方々の真摯な姿には頭がさがる思いだ。
 2013年6月、産経新聞のコラム執筆のため、「鯖江市伝統野菜等栽培研究会」の初代会長・徳橋岑生(みねお)氏の圃場を訪問した。私は実家も嫁ぎ先も農家ではなく、家庭菜園でのナスのイメージしかなかったが、圃場での吉川ナスは、まさに「ナスの木」だった。立派な幹に黒々と艶のある吉川ナスがなっている様は「黒い宝石」と呼ばれるに相応しい堂々としたもので、感動に震えたことを覚えている。そして、「最後まで一人で種を守り抜いた加藤さんの遺志を、守り伝えていくことが役目だと仲間と楽しんでやっている」と語る徳橋氏の言葉は、会の活動を支える柱となっていると聞き、私の胸にも深く刻まれた。

 私はこの吉川ナスの存続ストーリーには、わくわくドキドキが止まらない。いまや、吉川ナスは、北陸初、伝統野菜初の「地理的表示(GI)保護制度」に登録するまでに有名となった。人々同士の交わりをつくりだしてきた伝統野菜は、まさに地域の宝である。

 2010年からずっと「吉川ナス」を追いかけてきて、2016年4月から2019年3月までの3年間は、鯖江市の委託で「さばえおいしい応援団」のリーダーとしても関わった。「吉川ナス」も素晴らしいが、栽培を続ける農家の方々の地元を愛し、地元の農産物を大切に繋いでいく姿勢には学ぶことが多かった。あえて難しい栽培に挑戦し、最初は収量も少なく大変だったと思う。この10年で、私自身、人生 2 つの選択肢があったなら、あえて困難なでもやりがいのあることを選ぶように変わってきたと思う。「吉川ナス」からは、見るたび、食べるたびに元気をもらっている。今年の初出荷は6月10日。出来は上々とのこと。一人でも多くの方に食べてもらいたいナスである。

中島早苗さんのプロフィール
福井県在住。野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー、ベジフルカッティングプロフェッショナル、防災士。もっと伝えたい!食で体が変わること。毎日の食生活に野菜・果物の栄養を効果的に摂り入れ、「おいしい、元気、キレイ」をモットーに活動中。さらに防災士として、野菜×防災の切り口で、講義や災害食づくりの講師、また食×環境の切り口で講師としても活動中。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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