野菜ソムリエの思ひ出の味
夫の実家で初めて食べた「葉ニンニク」

 もう20年以上も前、結婚して初めてのお正月を高知にある夫の実家で過ごしていた日の出来事である。義母がつくってくれたすき焼きに見知らぬ野菜が入っていた。鍋脇のお皿には、生の白菜や長ねぎ、椎茸などと並んで、4〜5cmの食べやすい長さに切られた青菜がこんもりと盛られている。私の実家なら、そこは春菊のポジションである。「えっ、春菊じゃないこれは何?」と思いながら口に入れると、ネギよりもふわっと甘く、でも食感はシャキッとしていて、飲みこむとニンニクよりもやわらかく優しい香りがほのかに鼻に残った。その謎の青菜は“葉ニンニク”だと言う。私はすっかり魅了され、その日のすき焼きは葉ニンニクばかり食べていたことを覚えている。

 義母によると「高知ではすき焼きに葉ニンニクは当たり前」と言う。さらに「高知にはなんにも珍しいものがないから、こんな普通のものしかご馳走できなくて」とも言った。高知で生まれ高知でずっと暮らしてきた義母にとって、葉ニンニクは“普通のもの”だった。私にとっては、それまで見たこともなく、初めて食べた野菜だったのに、高知では普通なのかと、あらためて日本の広さ、地域による食べ物の違いを実感した。そして、まだまだ自分の知らない野菜や果物があちこちにあるに違いない、高知の野菜をもっと知りたいと思った瞬間でもあった。

 その日から元来の食いしん坊の血が騒ぎ、高知に帰省するたびに、日曜市や道の駅、農産物直売所に出かけては、初めて見る野菜や果物を買い求めるようになった。小夏、新高梨、文旦、りゅうきゅう(はすいも)、四方竹、イタドリの塩漬け、中には食べ方すらわからないものもあった。その都度、義母にたずねて私も少しずつ夫の故郷の味を覚えていき、やがて私なりの調理法、食べ方を見つけては義父母にもふるまうようになった。
 そんな中でふと思ったのは、「夫と私は育った環境、食べてきた物、味が違うのだ。だから意見が合わないこともある程度はしかたがないことなのかもしれない」ということだ。であれば「それを気にするより、その違いを楽しんでみよう」と。高知の野菜探究を通して、夫はもちろんのこと、他人に対しても、何事も寛容に受け入れられる心も手に入れたように思う。

 私の影響なのか息子たち、特に次男は珍しい野菜や果物を食べたがり、お店で見つけると「これ買って!」とねだるような子だった。紫のアスパラガスやマコモダケ、ドラゴンフルーツなど食べ方もよくわからないものを何度も買わされるうち、「それなら野菜ソムリエの勉強をして、どんな野菜でもおいしく食べさせられる人になろう」と思い立ったのが、野菜ソムリエとなるきっかけだった。
 そんな私たち家族のために、義母は折に触れて高知の野菜や果物を送ってくれる。12月下旬の次男の誕生日に届く段ボール箱の中には、誕生日プレゼントのほか、文旦や柚子と一緒に葉ニンニクが入っていることが多い。年明けに旬の柑橘を送ってくれる時や、2月3月に子どもたちの合格祝いや卒業祝いなどがある時にも「お祝いのついでに野菜も」と、葉ニンニクを入れてくれる時がある。
 義母はいつも荷物を送る日に直売所に行って野菜を買い、箱にぎっしりと詰めて送ってくれる。よって、荷物に葉ニンニクが入っているかどうかは予測不能だ。冬に届く箱には「たぶん入ってるだろうな」とちょっとワクワクしながら、一つずつ新聞紙の包みを開けていく。「これが葉ニンニクかな」と思って開けた包みが青ネギだったりニラだったり小松菜だったりすることもあるが(もちろんそれも嬉しい)、葉ニンニクが出てくると「やった!当たり!」という気分になる。
 子どもたちも葉ニンニクは大好きで、中でも麻婆豆腐は「絶対、ネギじゃなくて葉ニンニク!」と言うため、我が家では麻婆豆腐は冬季限定しかも葉ニンニクが届いたときだけのスペシャルメニューとなっている。葉ニンニクは旬も短く日持ちもしないため、届いた時には、麻婆豆腐に始まり、すき焼き、炒め物など葉ニンニク料理が数日間続く“葉ニンニクweek”になる。が、どれも喜んで食べてくれる。うちの子どもたちにとって、葉ニンニクは野菜の“旬”を最も感じる野菜かもしれない。

宮地 香子さんのプロフィール
神奈川県在住。野菜ソムリエプロ、受験フードマイスター、冷凍生活アドバイザー。「食べた物から心も体もつくられる」の信念のもと、多くの人に野菜や果物の魅力を知ってもらえるよう、地産地消ランチ提供、野菜講座や料理教室などの活動をしている。現在は子育て中のママたちの力になれるよう乳幼児食の勉強中。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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