父が名古屋に単身赴任をしていたのは、私が社会人1年生の頃だった。仕事のストレスや慣れない土地、お酒好きで偏った食生活を送っていたせいもあるだろう。単身赴任を終えるタイミングで、父の大病が発覚。何時間にもわたる手術を乗り越えて退院したものの、顔色のすぐれない日々が続いていた。
母と私は、何とか元気になってほしいと願いながら、父のために野菜たっぷりの食事を用意した。しかし父は肉とお酒を愛する偏食家。野菜がそれほど好きではなく、野菜中心で満足するメニューを考えるのは一苦労なことだった。そのなかで父が唯一好んで食べた野菜が「キャベツ」だった。
それならばと「毎日キャベツ生活」を決意。千切りキャベツから始まり、野菜炒め、スープなど、とにかくキャベツを毎日食べてもらうことにした。食感の異なる調理法でバラエティ豊かにしたり、父が疲れている時は柔らかく煮込んだり蒸したり、食べやすいように心を配った。毎日キャベツ生活は、だんだんと習慣づいて食卓にキャベツがあるのが普通になっていった。
当初は文句を言っていた父だが、自らキャベツを千切りしたり、母が買い物に行くときは必ず「キャベツ忘れないで」と言ったりするほどまでに変化した。結果、父の体調はどんどんよくなっていき、母に感謝するようになった。人を喜ばせられるのも料理であり、元気にさせてあげられるのも料理である。心のこもった料理は人の心を変えられることを実感した。
毎日キャベツ生活のなかで、父と私が最も好きだったのは「ロールキャベツ」である。母のレシピは、鶏または豚のひき肉に、たっぷりのみじん切り玉ねぎとマッシュルーム。時にはウズラの卵やご飯が入っていることも。マッシュルームを入れるのは、缶詰のマッシュルームが大好きだった私のためでもあった。丁寧に1枚ずつ下茹でしたキャベツ葉を何枚も重ねて肉種を巻き、俵型にして巻き終わりのサイドをキュッと閉じる。浅い鍋にびっしり隙間なく敷き詰めたら、コンソメスープでコトコトと煮込む。スープには、キャベツ芯を細かく刻み入れてトロっとした仕上がりになっていた。
母のつくるロールキャベツは、具だくさんすぎてものすごく大きい。両手に乗せるとずっしりと重く、ボコボコの見た目で不格好である。この姿になったのは毎日キャベツ生活開始以降のこと。父の栄養バランスを考えて工夫した結果、行き着いた姿というわけだ。この不格好なロールキャベツが食卓に並ぶと家族みんなが笑顔になる。旨みたっぷりのスープまでしっかりとおいしそうに飲み干す父。そこで見せる笑顔は、家族の笑顔をも引き出す最高の笑顔だった。
毎日キャベツ生活を卒業した父は、今も肉派ではあるが、野菜も大好きになっている。健康を取り戻した父をみて、偏った食生活の恐ろしさ、そして野菜を食べることの大切さを感じた。もっと深く野菜のことを学んでみたくなったことから、野菜ソムリエ講座を受講。資格取得後は、野菜のおいしい食べ方やメニューの提案、野菜を食べてアンチエイジングをテーマにしたメニュー開発やお料理教室を行っている。野菜のプロフェッショナルとして、野菜を食べることで心も身体もハッピーになってもらいたい!これからも野菜の魅力をたくさんの人に伝えていきたいと思っている。
ブログ shokujio-tanosimou.hateblo.jp
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka