野菜ソムリエの思ひ出の味
福岡県あさくらのブランド野菜「博多万能ねぎ」

 子育てが一段落して、私は何かにチャレンジしたいと思うようになっていた。同じ頃、義両親が体調を崩していて、野菜に関する正しい知識を身につけたいとも考えていた。仕事上で野菜ソムリエプロの森田由美子さんに出会ったこともあり、私も野菜ソムリエの勉強をすることにした。試験に合格して、まずは地元の野菜ソムリエコミュニティ福岡に登録。経験の浅さをカバーするために、産地見学などに参加するなど、もっと勉強しなければならないと感じたからだった。

 初めて参加したコミュニティのイベントは、「博多万能ねぎ」の産地見学・収穫体験だった。「博多万能ねぎ」は、JA筑前あさくらで生産された青ねぎの登録商標で、“空飛ぶやさい”としてのパイオニアだという。イベントが実施された2017年当時、40周年を迎えていた。東京で子どもの頃から目にしていた「博多万能ねぎ」は、すべてここから生産・出荷されてJALの飛行機に載って店頭へと届いていたのだと驚きを覚えた。
 イベントでは選果場の見学もあり、生産から物流まで学ぶことができた。収穫された博多万能ねぎは、下葉を取り除いて一本ずつ整えられ、洗浄され、サイズごとに揃えて束ねられて出荷となる。速やかでシステマティックな工程だ。鮮度のよさが長く続くわけである。そして、とにかく美しいのが印象的だった。博多万能ねぎは高価なものだという認識は以前からあったが、ブランド野菜の何たるかをあらためて実感することができた。
 収穫体験をさせてもらったのは、野菜ソムリエの羽野初美さんの圃場だった。ハウスの中はお手入れが行き届いていて雑草などもなく、土はふわふわに柔らかく耕してあった。すくっと伸びたねぎが整然と生え揃い、その姿がきれいで感激した。その後、参加者みんなで調理をして、ねぎのお好み焼き、ねぎ味噌のおむすび、ねぎベーグル、ねぎラー油、サラダ、スープ、ねぎプリンなど、さまざまなアレンジレシピを味わい、博多万能ねぎの魅力を堪能した。

 私は千葉で生まれて東京で30年を過ごし、福岡へは結婚後に移り住んでいる。関東育ちの私にとって、「お蕎麦の薬味は白ねぎ、青い所は煮豚の下茹で用の匂い消し」が当たり前。もはや固定観念だった。福岡に住み始めた当初、お蕎麦屋さんでざる蕎麦の薬味が青ねぎだったことに残念な気持ちでいっぱいになった。その後もずっと白ねぎの薬味が恋しく、じつは日常の食事に欠かせない野菜であるねぎの文化が東京と福岡とで全く異なることに違和感を覚え続けていた。
 しかしこの日、福岡在住18年目にして私の固定概念は揺らいだのだ。それほどに「博多万能ねぎ」のすばらしさを体感することができたのだった。その後、ねぎスイーツレシピ考案の機会もいただき、博多万能ねぎへの親近感はより一層増していった。

 思えば、福岡から東京へと嫁いできた母は、たいそう青ねぎを懐かしんでいた。今ならその気持ちが痛いほどわかる。福岡在住22年目となり、青ねぎを薬味以外に活用することもすっかり身近なことになった。段々と私も博多の人になっているのかなと思っている。

田中 明子さんのプロフィール
福岡県在住。野菜ソムリエプロ。福岡市在住22年目、一男一女の母。子どもと大人の食育を目指し、生産者からの直接の声を生活者へ届けるため目下勉強中。福岡の美味しくリーズナブルな食材を存分に生かしたレシピ開発を目指している。
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タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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