2015年の秋のこと。締め切り前日に「田辺大根レシピコンテスト」があると知り、私は勢いで応募を決めた。田辺大根はなかなか身近に売られているものではない。レシピコンテストを企画していた区役所の窓口へと出向き、試作用の1本を受け取った。
いただいた田辺大根は新聞紙で丁寧に包まれていて、大きな葉の部分が元気に飛び出していた。包みをそっとめくると、真っ白でぽってりと美しい姿があった。葉もやわらかくやさしい大根に感じた。これが私と田辺大根との出会いだった。
さて、締め切りは翌日だ。タイムリミットは刻々と迫っている。即座にレシピ作成へと取りかかった。大根といえば煮物のイメージがあるが、子どもがまだ小さかったこともあり、子どもたちが喜んで食べてくれて、晩ごはんのメインになるような料理にしようと思った。
そして行き着いたのが「田辺大根の肉巻き」だった。千切りにした田辺大根を薄切りの豚肉で巻き、フライパンで焼いて、味つけは塩のみの簡単レシピ。田辺大根のおかげで豚肉をさっぱりと食べられ、シャキシャキした歯ごたえも楽しめるものだ。写真も撮ってメールに添付して応募は完了。締め切りにはなんとか間に合った。そして、結果はなんと最優秀賞だった!
レシピコンテストのことが新聞記事になり、私という野菜ソムリエの存在を知ってもらえる機会になった。コンテストへの応募は、地域のイベントや行事に関わるきっかけをつくり、自分の得意分野が料理だと気づくきっかけにもなった出来事だった。
当時、私は野菜ソムリエプロになりたてで、資格の活かし方を探してモヤモヤした気持ちをかかえ、どのように活動すればいいのかとじつは悩んでいた。コンテストを知ったのは、野菜ソムリエコミュニティおおさかから配信されたメールだった。そのメールに背中を押されたように感じたことが、私を勢いづかせ、野菜ソムリエ人生の転換点となったのだ。現在、私はコミュニティおおさかの代表を5年間させていただいている。これもご縁だったのかもしれない。
田辺大根は、白色の円筒形で先が少し膨張して丸みを帯びている。長さは約20cm、太さは約9cm程度。一般的な大根と比較すると短い大根である。大根の葉には産毛のような毛茸がなく小松菜によく似ている。肉質は緻密でやわらかい。加熱すると辛みが甘みに変わる上品な味わいが、私は大好きだ。
味よりも生産性や見た目を重視する消費者嗜好の変化や、ウイルス病によって姿を消してしまった田辺大根だったが、農学博士の森下正博先生が種子を発見し栽培していたところ、「原産地の田辺で復活栽培できないか」と考えた市民グループが「田辺大根ふやしたろう会」を結成し、今に至っている。
コンテストの後、昔の記憶をふと思い出した。小学校の先生だった父が「幻となっていた大根の種が発見され、小学校で生徒と一緒に育てている」と話していた光景だ。まだ野菜ソムリエの存在を知らず、野菜にも全く興味がなかった私は「ふーん」ぐらいにしか思っていなかったのだが、今思えばあれは田辺大根のことだった。それに気がついた時は、驚きとうれしさで胸がいっぱいになった。今でも地域の小学校で多くの子どもたちが育てていて、田辺大根を知らない子はいない。地元ならではの大根であることも魅力を感じるところである。
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タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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