野菜ソムリエの思ひ出の味
誕生日の「根菜ブーケ」(レディサラダ大根)

 今から10年ほど前、野菜ソムリエプロになったばかりの頃だった。仲間がFacebookにあるショッキングな写真を投稿していた。それは、たくさんのキャベツが置かれた畑をトラクターで踏み潰し粉砕している写真だった。丹精込めてつくられた無農薬のキャベツ。自らの手で廃棄せざるを得ないその気持ちを考えると胸が苦しくなった。居ても立っても居られず、はじめましての挨拶は早々にその生産者さんに連絡を取り、キャベツを1箱注文した。この件をきっかけに生産者さんと仲良くなった。それが、イイジマさんとの出会いだった。

 年が明けて2月のある日。一通のメッセージが届いた。「お誕生日おめでとうございます。根菜ブーケをプレゼントしたいのですがお届け先をお知らせください(^o^)/」とイイジマさんからだった。住所をお知らせすると、天候次第ですがなるべく早く発送しますとのこと。近々届くとわかっていながら、届く日はわからない。荷物が届くたびに心躍らせ、違う荷物だったーという空振りを数回経て、待ちに待った初根菜ブーケの到着は6日後のことだった。
 届いたのは、ずっしりと重い段ボールだ。ケーキ入刀の如くそっと切り込みを入れ、ワクワクしながら箱を開けると、根菜ブーケの名の通り、大根、人参、コカブ、あやめ雪カブ等々、鮮度あふれる根菜で構成された重量感たっぷりのブーケが登場した。それぞれの野菜の名前と説明が書かれた紙も添えられ、イイジマガーデンでつくられた人参ジュースが同梱されていた。イイジマさんの愛情とやさしさが感じられてとても温かい気持ちになった。
 お礼のメッセージを送ると、「誕生日おめでとうございました。雪の影響で遅くなりました。でも関東以北の農家の大雪被害を思えば、荷物の延着など問題ではないですね。被災された農家の皆さんに何もしてあげられないのが残念です。何かできることがあれば、、、。」との返信。ご自分も大変なはずなのに、それ以上に他の農家さんを心配されているのが印象深かった。

 根菜ブーケの真ん中には、初めて見る根菜「レディサラダ大根」が3本並んで誇らしげに鎮座していた。サツマイモの紅あずま?と見間違えそうになるくらい色鮮やかで、圧倒的な存在感を放っていた。大根といえば「白」という私の概念を大きく覆したのもこの「レディサラダ大根」だった。まずは真ん中から1枚スライスして、ゆっくりと味を確かめるように食べた。生の大根=「辛い」イメージがあり恐る恐る口にしたところ、驚くほどみずみずしく「甘かった」ことが衝撃だった。先端の方もスライスして食べてみたが、こちらもみずみずしく、辛味はなく、むしろやさしい甘さがあった。
 野菜は同じ品種でも地域や生産者さんが違えば味も違う。同じ生産者さんでも時期が違えばまた味も違う。ひとつとして同じものはないのだ。イイジマさんとの出会いから、目の前のものだけではなくその背景にあるもの、生産者さんの思いやそこにたどり着くまでのストーリーをしっかりとくみ取って野菜や果物と向き合うようになった。同じように、人とのつきあいや仕事においての考え方も一方向からの判断ではなく、多角的に物事を考えて行動するようになった。
 会社を辞め、「野菜ソムリエ」としての知識や経験を活かした仕事がメインとなった今、大好きな野菜や果物を伝えられる仕事は大変でも大変じゃないと感じられる喜びがある。生かされていると感じる人生ではなく「生きている」と感じられる人生になったと思う。

 寒い季節になると、店先には色鮮やかなレディサラダ大根が並び始める。レディサラダ大根を見るとイイジマさんのあの「根菜ブーケ」を懐かしく思い出す。今は亡きイイジマさんとの楽しい思い出である。

本間純子さんのプロフィール
神奈川県在住。野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。忙しい方でも手軽に楽しく取り入れられる、野菜・果物の魅力を感動に乗せてご紹介することをモットーにグリーンスムージーを中心に講師・イベントの企画運営・コラムの執筆など多方面で活動中。
暮らしに季節の彩りを「グリーンスムージーのある暮らし」 https://kashira.info/
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka