神奈川県には、「湘南ゴールド」という、温州みかんと黄金柑をかけ合わせたオリジナルの柑橘がある。見た目はレモンのような鮮やかな黄色、大きさはピンポン玉大の黄金柑よりは一回り大きく、手にすっぽり入るかわいらしいサイズ。みかんの手軽さと黄金柑の味と香りを併せもつ、爽やかなおいしさも特徴である。生食はもちろんのこと、お料理や調味料に、実も皮も余すことなく使えて、小さな個体に価値が詰まっているとも感じている。
出回り時期は3月〜4月頃。旬に疎い家族でも毎年春が近づくと「湘南ゴールドはある?」と聞いてくるほど、我が家では春の到来が楽しみな果物となっている。
湘南ゴールドとの出会いは、今から10年ほど前。私が野菜ソムリエの活動を始めたばかりの頃だった。野菜ソムリエの先輩方の湘南ゴールド産地応援活動のお仲間に入れていただき、勉強のために小田原市根府川の農家さんを訪ねた日のことである。
階段状の段々畑を一列になってハァハァと息を切らしながら15分ほど登った先に、お目当ての柑橘農園はあった。予想以上に体力を消耗し、これだけ急勾配の山の斜面では日々の農作業も大変だろうと思った。一方で、2月なのにこんなに暖かな日差しを海沿いの斜面から吸収できる柑橘はおいしく育つだろうなとも思った。
段々畑の上から見下ろすと相模湾の水面から照り返す太陽の光が鏡のようにキラキラと反射し、段々畑にはオレンジ色や黄色の実をつけた木々が並ぶ色彩美しい光景が広がっていた。
その絶景を眺めながら、一見酸っぱそうに見えるレモンイエローの皮をみかんのように手で剥き、一房取り出して口に含んだ。小さな房の中から、爽やかな酸味と甘味をまとった上品な味わいの果汁があふれ出て、そのおいしさに感激した。「産地で景色を見ながら食べる」という経験自体が初めてで、その感動も相まって深く印象に残っている。
農家さんにおいしく育てる秘訣は?と問うと、「うまいものをつくるために情熱を注いでいる」と自信に満ちたような表情で答えてくれた。根府川の柑橘がおいしいのは、「空からの太陽」「水面から反射する太陽」「段々畑の斜面から反射する太陽」という、3つの太陽に当たることで日射量が多くなるからだとも言う。また、収穫したての湘南ゴールドは酸味が強いため、1週間~1ヶ月ほど貯蔵して熟成させると、酸味がまろやかになり、甘味が増し、旨味もアップするそうだ。この日もあらかじめ収穫していた湘南ゴールドを試食用に準備してくださっていた。
この日をきっかけに、美しい段々畑や神奈川県の農文化が未来へ継承されるとよいなという気持ちが芽生えてきた。湘南ゴールドの他、三浦のかぼちゃ、湘南ポモロン(トマト)、湘南レッド(玉ねぎ)など、地元の特産品や新しい品種について生産者さんから学び、品種の特徴を生かした食べ方を研究して、それを生活者の方に伝えるという活動を自分のペースだが、行うようになった。
現在は、野菜ソムリエのグループ「はまキッチン」に所属し、横浜の食と文化を横浜の野菜を通して紹介する「地産地消」活動をしている。接する方から信頼される野菜ソムリエとなれるよう、自分なりに勉強を積み重ねていきたいと思っている。
タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
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