私は小学校4年生の夏に、ナスが嫌いになった。というのは、当時通っていた大阪の小学校で、学びの一環として各家庭で鈴虫を飼育することになったからだ。家庭菜園に熱中していた母が育てたナスを餌にして、わが家の鈴虫は爆発的に増殖。立派なナスに群がる鈴虫の様を恐ろしく感じたことがトラウマとなり、後々大人になってもナスはずっと苦手なままだった。
そのナス嫌いを克服できたのは、結婚後のことである。その日、料理好きな主人は本人大好物のナス焼きをつくっていた。「うまい、うまい」と食べる様子につられて思わずつまんでみると、これがじつにおいしかったのだ。
京都出身の主人がつくったナス焼きのレシピはとてもシンプルだ。フライパンにたっぷりのごま油をひいて、7mm程度に薄切りしたナスをとろっとするまで焼き、すりおろした生姜と醤油、花かつおをふるだけ。しかしそれがご飯にもお酒にも合う!鈴虫の餌でイメージを悪くした、生のナス独特の匂いも消えている。ごま油と醤油の香ばしさをまとうナスのおいしさに、私はすっかりやられていた。あんなに嫌いだったナスは今や大好物に。嫌いなものも食べ方次第だということを学んだ時だった。その考えは脈々と、そしてひっそりと自身の中で引き継いでいる。
横浜の自宅で料理教室を始めて16年。もとより野菜が好きで、レッスンする料理もテーマとなる野菜をベースにレシピを構築してゆくスタイルであったが、野菜の栄養や機能について生徒さんに聞かれたり、教室スタート時から共に歳を重ねてきた生徒さんから「健康について気になることが増えてきて不安」だという話題が出たりし、野菜や健康への知識をより一層深めたい気持ちが芽生え始めた。
そして2014年の夏、主人が大病をして入院することになった。すでに野菜ソムリエの資格を取得していた私は、購入したまま、段ボール箱ごと温めていた野菜ソムリエプロ資格のための教材を引っ張り出し、毎日の主人の見舞いの傍ら、通信制で野菜ソムリエプロの資格取得を目指すことにした。DVDに登場される先生方に、毎日「こんにちは!」と挨拶をしては何十回もDVDを見返して学ぶことを繰り返した。50歳を過ぎていた脳みそには、なんとも過酷な学びの日々であったことを思い出す。それ故に、合格した時の喜びは飛び上がるほどうれしいものであった。
日本野菜ソムリエ協会の認定料理教室にもなり、以前より各段に向上した知識や経験をお伝えするべく、目標としていた「野菜料理教室」を開始。近隣の生産者さんの新鮮でおいしい旬の野菜を使った料理は、生徒さんにもそのご家族にもとても喜んでいただけた。
余談だが、20数年前にワインのソムリエ資格を取得した際、印象に残っている逸話がある。“フランスの赤ワインが好きなお客様。夏の暑い日にお店に足を運んでいただいた際に、「今日はボルドーの素晴らしい赤ワインをご用意しております」の一言よりも、まずは一杯の冷たいお水に喜んでいただけるのではないだろうか。”
料理の提供も然り。おいしい、ということは基本であるが、相手のその時のからだや心にやさしく、健康面まで考えて差し上げられる料理を提供することができれば、私自身、とても幸せだと考える。毎日の「食」を大切にしたい。野菜のおいしさを、すばらしさを、より多くの方々にお伝えしたい。その気持ちと熱量は今後もずっと続いてゆく。
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タナカトウコ
/取材・文
野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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