野菜ソムリエの思ひ出の味
根っこまでおいしい、山形の伝統野菜「赤根ほうれん草」

 私が8歳か9歳頃の出来事である。肌寒い冬の日、いつものように家族で夕飯を食べていた。食卓には器に盛られた、ほうれん草のおひたしがのっていた。ほうれん草を一束分、シンプルに茹でてお醤油をかけていただく、いたって普通のおひたしだ。いつものようにやわらかい葉っぱの部分を食べようとした時「赤い根っこが美味しんだから、根っこを食べてみろ〜!」と母が笑顔で言った。子どもながらに根っこは捨てる部分だと思い込んでいたので、おいしいとは到底考えられず食べたくはなかったけれど、母に言われてしぶしぶ口に入れてみた。
 おいしくないと予想していた太くて赤い根っこは、一噛みすると口の中に強い甘みがあふれ、びっくりするほどおいしかった。なぜなら、そのほうれん草は山形県の稀少な伝統野菜「赤根ほうれん草」だったのだ。

 当時、私たち家族にとって「赤根ほうれん草」は身近な存在で、毎年普通にお店で販売してきた野菜のひとつだった。2011年に山形県の伝統野菜推進委員に任命された時、恥ずかしながらあらためて、山形で昔から大事に栽培され続けてきた伝統野菜であると気づかされた。
 自家採取して種を代々守り続けてこられた山形市風間の柴田さんが栽培する露地物の「赤根ほうれん草」はメロンの糖度に匹敵する。特に寒さにあたる1月は糖度が17.5度にまで到達するほどである。
 ほうれん草は一般的にも葉よりも根っこに近いほうが、糖度が高い傾向がある。山形の赤根ほうれん草の根っこが驚くほど甘かったのは、当然のことだった。根っこの株の部分は一束あたりせいぜい3~4株だ。赤い根っこの魅力を知ってしまってからは、我が家ではおひたしが食卓に登場するたびに数少ない根っこの争奪戦が繰り広げられるようになってしまった。

 家業を手伝うようになり、地元の銀行の方から「東京には“野菜・果物のスペシャリストである野菜ソムリエ”がいるお店があるんですよ!グリーンショップはらださんではそういった資格はいかがですか?」と週刊誌のコピーをいただいた。何も知らなかった私は早速東京に見に行き、上級資格まで取得するきっかけとなった。
 めでたく野菜ソムリエになり、「山形の野菜は?」と聞かれた時に必ず紹介するのは「赤根ほうれん草」である。あの味わいを多くの方に知っていただきたいからだ。赤根ほうれん草の生産者さんともイベントで一緒になったり、テレビで共演したりとご縁をいただいた。畑に行ったり、電話で生育状況をお聞きしたり、仲良く交流させてもらい、ますます赤根ほうれん草への思いは深まっていった。

 その生産者さんにも気に入っていただいた食べ方は「赤根ほうれん草の根っこの天ぷら」である。一般的なほうれん草の天ぷらはぺしゃんこになってしまうが、軸が太い赤根ほうれん草の根っこの場合、ボリュームはそのままに甘くホクホクとした食感に仕上がるのだ。赤根ほうれん草を入手したら、ぜひみなさんにも試してもらいたい調理法である。

 野菜ソムリエ上級プロとなった現在、日本野菜ソムリエ協会認定青果取扱店として青果物・青果物一次加工品販売の他、地元農家さんが集まる「SUN産マルシェ」を月一度開催。山形の野菜・果物の情報発信や講演活動、日本野菜ソムリエ協会山形地域校も主宰している。
 数年後には、地元山形の青果物をつかったスムージー・ソフトクリームもしくはジェラートを手掛けたいという夢がある。また販売が難しいと言われている「伝統野菜」の農家さんの収入安定のため、これまで以上に販売支援を続けていこうと考えている。

山口 美香さんのプロフィール
山形県在住。野菜ソムリエ上級プロ、アスリートフードマイスター1級、ベジフルビューティーセルフアドバイザー。食育指導士、食の至宝雪国やまがた伝統野菜PR大使、インナービューティーダイエットアドバイザー。東京で会社勤めをしていた父親がUターンして青果商「グリーンショップはらだ」を創業(ホロのトラック1台での行商からのスタート)。5歳で山形市に移り住み、高校卒業後、地元銀行などを経て、1993年家業に。2012年7月に山形県初となる野菜ソムリエ上級プロに合格。現在は取締役社長代行。
(株)グリーンショップはらだHP http://www.haradayaoya.com/
photo
written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka