野菜ソムリエの思ひ出の味
祖母が教えてくれたイチジク

 私が“イチジク”という果物の存在を知ったのは、長崎で過ごしていた小学4年生か5年生の頃だ。まだ蒸し暑さの残る秋口のことだったろうか。果物の仲卸をしていた祖母がお土産に持って帰ってきてくれたのが、“イチジク”との初対面の日だった。

 透明のパックに4個くらい入っていたそれは、少し小ぶりでかなり黒に近い紫色をしている。そんな食べ物はこれまで見たことがなく、「え?これを食べるの?」と思わず言ってしまった。目を丸くして驚きを隠せない私に、祖母はニコニコしながら「ほら、こうするんだよ」と食べ方をやさしく教えてくれた。祖母の真似をして軸のほうから桃を剥くのと同じような感じで皮をひっぱってみると、イチジクの皮は気持ちよくするすると剥けていった。祖母と二人でキッチンの流しの前に立ったまま、果汁を滴らせながらかぶりついてみる。ねっとりとやわらかな果肉のなかにプチプチとした独特の食感。ほんのりとお酒のような味もして、どこか魅惑的で大人びた印象を受けた。自分も少しだけ大人になった気がした。

 それまで知らなかった新しい果物“イチジク”を知ってわくわくしたあの日の記憶は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。祖母はその後もビワや高価なメロンなど、多くのわくわくをもたらしてくれた。その“わくわく”は野菜ソムリエになった今、よりいっそう強くなっているかもしれない。
 またこの出来事にかかわらず、祖母の背中には“働く女性”の見本を見ていたような気がする。祖母は早くに夫(私にとっての祖父)を亡くして女手一つで会社を切り盛りし、長く現役を続けていた。幼い頃からその姿を目にし、「私もおばあちゃんのように、年を重ねてもばりばりかっこよく働きたい!」と思うようになっていった。

 祖母のおかげで幼いころから果物には親しんでいたものの、野菜はそんなに得意ではなかった。しかし大人になればなるほど野菜もどんどん好きになってきていた。そんな折、「野菜ソムリエ」という資格を知り、面白そう!と飛びついた。資格を取得して大きく変わったのは買い物である。新しい品種と聞けば必ず試してみたくなるし、旅先では道の駅や市場に立ち寄ってその土地土地の野菜を買い漁る。そうやって手に入れた素材の特徴を生かして、一番おいしく食べる方法を探りながら料理するのがこの上なく楽しい。
 現在は、一つのテーマ野菜をいかに美味しく食べるかを探る講座「野菜の研究室 美味しいを追求しよう~One Vege Project~」で講師の一人を務めている。また、商品開発に関わらせてもらった「塩みかん」という調味料を使ったレシピの開発はもはやライフワークだ。今後は、野菜・果物の魅力を借りて自分と関わるすべての人を笑顔にしたいなと思う。今はまだ小さな範囲だが、これを少しずつ大きな範囲に広げていきたい。祖母が与えてくれた“わくわく”を私も多くの方に届けたいと思うのだ。

小宅 祐子さんのプロフィール
神奈川県在住。野菜ソムリエプロ。「おいしいはたのしい。」をモットーに野菜・果物の魅力を伝える野菜ソムリエとして活動中。講座講師、コラム執筆、レシピ開発、商品開発など活動内容は多岐にわたる。
ブログ http://ameblo.jp/umiumiyu-ko
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka