野菜ソムリエの思ひ出の味
祖母が作ってくれた、大根おろしたっぷりの「かいやき」

 93歳の寝たきりの祖母を見るたび、元気なうちにつくってもらいたかった料理がある。それは「かいやき」だ。最後に食べたのは今から20年くらい前、まだ私の味覚が子どもだった頃である。

 祖父母は原っぱをはさんで隣に居を構えていた。お彼岸になると祖父母の家には親戚が集まり、女性たちは手際よくおはぎをつくり、男性たちは賑やかに盃をかわすという光景を子どもながらに覚えている。甘いおはぎを食べるときは、必ずお漬物やしょっぱい料理が添えられていた。「かいやき」は、そのしょっぱい料理のひとつだった。
 私はおはぎの黒ごまをするお手伝いをし、祖母は台所で「かいやき」をつくっていた。大根を粗くおろして弱火でじっくり煮たところに、ぬか漬けイワシを焼いてほぐしたものを合わせ煮る。大根1本に対してイワシ2尾ほどの割合だ。そこに酒と味噌を少々、最後に青菜を細かく切って入れるのが、祖母のレシピだ。

 東京に住む祖父母だが出身は新潟である。新潟では、大根は雪の下(室)に貯蔵する保存食、イワシのぬか漬けも寒い地方ならではの保存食。雪解けが近づく3月のお彼岸の頃には、雪下貯蔵の大根は食べ切らないといけない時期で、「かいやき」は雪国の保存食同士で出来た行事食でもあったようだ。
 母曰く、「かいやき」のルーツは青森の郷土料理「貝焼き」とか。本当は呼び名の通り貝殻の中で調理されていたらしい。とはいえ祖母の「かいやき」と青森の「貝焼き」とは少々異なる料理のように思う。祖母の故郷新潟のごく一部の集落での食べ物かもしれないし、身内だけの呼び名のような気もしている。

 祖母の「かいやき」は温かいうちに大鉢に盛られ、自家製の白菜漬けや沢庵などと一緒にテーブルに並べられていた。女性たちは甘いおはぎのお口直しに「かいやき」を口に運び、男性たちは酒の肴に「かいやき」をつまむといった感じだった。当時小学生だった私は、じつは「かいやき」が苦手で、あまり口にしなかった。ただただ塩辛く、骨も入っていて食べづらく、到底おいしいとは感じられない一品だったのだ。
 しかし大人の味覚になってお酒も飲めるようになった今なら、きっとおいしく感じられるに違いない。だからこそ、祖母が元気なうちに「かいやき」をつくってもらって食べればよかったという気持ちがこみ上がってくる。おいしいと祖母に伝えたかったなぁと心の底から思うのだ。双子だった私と姉の面倒を人一倍見てくれた大好きな祖母だからこそ、その言葉をしっかりと伝えたかった。野菜ソムリエになってからは野菜の他に食育にも興味が沸き、その思いがより強くなったようにも感じている。「かいやき」のように、祖母から母、母から私に受け継ぐ料理を一つでも多く覚えられるようにしたい。そして私から子どもたちへ、記憶に残る家の味を伝えていきたいとも考えている。

山﨑ゆりかさんのプロフィール
東京都在住。野菜ソムリエプロ。昨年10月に第二子を出産し、育児奮闘中。健康で、おいし
く食べられることを日々実感している。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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