野菜ソムリエの思ひ出の味
母が作ってくれた“たっぷりセロリのビーフシチュー”

 「成長期にはなるべく手作りのものを」と、母はじつにさまざまな料理をつくってくれた。そのなかで特に印象に残っているのは「ビーフシチュー」である。母のつくるビーフシチューには、牛肉のほかに、完熟トマト、たまねぎ、にんじん、じゃがいもなどごろごろとたくさんの野菜が入っていた。圧力鍋をつかって箸で切れるほどやわらかく煮込まれた牛肉に、さまざまな野菜の味が組み合わさって、ちょっと甘めな味つけがされていた。それがたまらなくおいしかった。
 学校から帰って玄関からビーフシチューの匂いが漂ってきた日は、「今夜はビーフシチューだ!」と心躍ったものである。その日の夕飯では、兄妹3人で競うようにおかわりをして、あっという間に大きめの鍋は空っぽに。そんな私たちを両親は静かに微笑みながら見守っていた。食べるスピードが遅かった私は、兄と妹が食べ終わった後も食卓に残ってゆっくりペースで食べ続け、いつも胃薬が必要になるほどおかわりをしたものだった(笑)。

 母のビーフシチューレシピは私にとって専売特許的な存在だ。これまで、自分で再現しようとは思いもしなかったので、詳しいレシピを聞いたことはなかった。今回、思ひ出の味の記憶をたどりながら、母にレシピをたずねると衝撃の事実が発覚した。あのおいしさの秘訣は完熟トマトだろうと予想していたのだが、なんと、隠し味として大事なのは「たっぷりのセロリ」だというではないか。大人になった今では克服しているが、子どもの頃はセロリが大の苦手だった。おなかを壊すほどおかわりして食べていたビーフシチューに、苦手なセロリがたっぷり入っていたとは。当時の私が知っていたら、どれだけ驚いただろうか。
 母が言うには、料理番組で「セロリを入れると味に深みやうまみがでる」という情報を得て、即取り入れたとのこと。大株のセロリを購入してみじん切りにしたものを冷凍ストックにして使っているそうだ。ちなみに、当時は母も生のセロリはあまり得意ではなかったそうだ。

 私がセロリ嫌いを克服したのは中学生の頃だ。ある日、母が友人から教えてもらったという「イカの燻製とセロリのサラダ」が食卓に並んでいた。斜め切りの生セロリにイカの燻製をさっと混ぜたものだ。最初は「生のセロリ?!」とギョッとしたが、恐る恐る食べてみたら独特なセロリの香りがあまり気にならなかったのだ。あれから長い月日が経ち、今や、あの苦手だった香りすら大好きに変わった。バリバリ、シャキシャキの歯ざわりを楽しみながら、生のまま1本パクっと食べてしまうことすらある。

 食べることが大好きな私は、「野菜」の資格とはおもしろいと興味が湧き、野菜ソムリエとなった。現在は資格をいかして、百貨店やスーパーマーケットでの野菜・果物の販売やPRの仕事、野菜ソムリエコミュニティちば経由で千葉県から依頼のあったレシピ開発の仕事等々をさせてもらっている。何年後になるかはわからないけれど、いつか、食や音楽のマリアージュ的なイベントが開けたら素敵だろうと思う。笑顔でコミュニケーションを楽しむ“歌う野菜ソムリエ”を目指したいとも思っている。

竹下博子さんのプロフィール
千葉県在住。野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーセルフアドバイザー。目指すは歌って踊れる野菜ソムリエ。お酒に合う野菜メインのレシピ開発と野菜・果物のPR販売を通して笑顔で接客しコミュニケーションを取ることが得意。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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