野菜ソムリエの思ひ出の味
八石ナス

 20代前半のとある夏の日のことだ。当時、私は家業の青果店で働き始めたばかりだった。仕事を終えて帰宅すると、食卓には母がつくってくれた「ナスの南蛮漬け」が出されていた。
お皿の中のナスに目を凝らすと、いつものナスとは様子が違うことに気がついた。巾着型をした小ぶりのナスで「八石ナス(はちこくなす)」だと言う。初めて見かける種類のナスだった。母は店頭で売れ残ったものをつかって料理することがある。この日もそうだった。

 正直なところ、私はナスが苦手である。あのふにゅっとした食感がどうにも苦手なのだ。しかし、巾着型のナスはそれまで食べたことがなかったため、苦手意識はあったものの、興味本位で口にしてみた。するとビックリ! 外皮は柔らかいのに肉質は引き締まり、サクサクっとした歯切れのよさがある。初めての食感に私は衝撃を受けたのだった。

 母のレシピは、丸ごとの八石ナスに切れ込みを入れて素揚げし、玉ねぎスライスと生姜とで南蛮酢に漬けたものだ。さっぱりとしていて、冷やしてあったので口あたりもよかった。家族4人で食卓を囲んでいたのだが、あまりのおいしさに夢中になり、気づけば、大皿に山盛りだった八石ナスの南蛮漬けのほとんどを私1人で食べてしまっていた。

 だからと言って、ナスへの苦手意識が全く無くなったわけではなく、今も好き好んでは食べないが、この日をきっかけにナスに興味を持ち、いろいろなナスを積極的に食べてみるようになったのは確かである。
仕入れの際、見た目や名前が変わっているナスをみかけるとついつい買ってしまう。そして泉州の水ナスなど八石ナス以外にも好きなナスを見つけることができた。なお、八石ナスが流通するのは7月下旬から9月中旬。この時期、志村青果では必ず販売するようにしている。

 野菜を販売していると、知らない個性的な野菜が多く、しかも食べてみるとそういった野菜の方がおいしいと感じることがある。野菜についてもっと勉強したいと思ったのが、野菜ソムリエになるきっかけだった。
資格を取得して、本当においしい青果物を知っていただきたい、伝えたいという気持ちが強くなった。対面で直接おいしさを伝えるだけでなく、店頭で目に留まりにくい商品はインスタグラムを利用して生活者の手元に情報を届けるようにしている。生活者と農家の架け橋になるのはもちろん、老若男女問わず安心して「このお店のこの人から買いたい」と思ってもらえるような野菜ソムリエになりたいと思う。

志村総一さんのプロフィール
東京都在住。野菜ソムリエプロ。株式会社志村青果代表取締役。青果物の販売を通し生活者の普段の生活に寄り添い、発見と感動を提供しそこにコミュニケーションが生まれることが豊かな価値だと考えている。
ホームページ https://shimuraseika.com
インスタグラム @shimuraseika
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka