野菜ソムリエの思ひ出の味
おばあちゃんの「蒸し干し大根の煮物」

 子どもの頃の私は野菜嫌い。でもおばあちゃんのつくる「蒸し干し大根の煮物」は大好きだった。学校の給食でも、干し大根の煮物が出ると「これなら大好き!いっぱい食べられる!」と先生に自信満々の笑顔で話していたことを思い出す。今思えば、給食の干し大根は、蒸し干しではなく切り干しであったが、「おばあちゃんがつくっていた」という記憶が「食べる」行動へと導いてくれたのだと振り返る。

 伊賀の寒風と太陽の光を浴びた栄養たっぷりの「蒸し干し大根」に、形がなくなるほどに煮込まれたホクホクのじゃがいもがからみ、サバ缶、だし、しょうゆ、みりん、砂糖などの味がしゅんだうまみたっぷりの煮物。それが、私が大好きなおばあちゃんの味だった。

 母の実家であるおばあちゃんの家までは、車で20分程度。そう遠い距離でもないが、両親が自営業で忙しかったこともあり、小学生時代の夏休みや冬休みは、ほぼおばあちゃんの家に泊まりに行っていた。一人っ子だった私は、いとこの姉ちゃんたちがいる大家族と食べる食事の時間がとても楽しみでもあった。
 農家だったおばあちゃんは大根やさつまいもなどを育て、リヤカーで町まで売りに行っていた。手をかけて育てられたおばあちゃんの野菜は、味のよさからとても人気だったという。子どもだった私は、畑に行くおばあちゃんの後ろをちょこちょことついて回り、時には一輪車に野菜たちとともに乗せてもらうこともあった(笑)。
 底冷え厳しい伊賀の冬に、おばあちゃんの蒸し干し大根づくりは始まる。畑で大根を収穫し、溝川まで運び、冷たい川の水で泥を落とす。その時のおばあちゃんの手が分厚くてガサガサだったのが印象に残っている。洗った大根は一輪車に載せて持ち帰り、別の日その大根を四角く切って庭に敷いたムシロに並べて干す。ある程度水分が飛んでかさが減ったら、蒸気のあがった蒸し器で蒸す。蒸した大根は、再び庭のムシロに広げて干す。湯気がバッと立ち上る中、冷たい空気にふれキュッと冷めていく蒸し大根。縁側に座り眺めていた私。これらの景色は今も鮮明に思い出される。子どもの記憶というのは曖昧なところもあり、今回あらためて確認したところ、想像以上に手間がかかっていたことを知った。母も叔母も、おばあちゃんの蒸し干し大根はだからこそおいしかったのだと言う。

 野菜嫌いだった私がたまたま八百屋の家に嫁ぎ、野菜ソムリエの資格に出会い、野菜や果物の魅力を伝える仕事をしていることに不思議な縁を感じている。これもおばあちゃんに導かれたのだろうか。大好きなおばあちゃんと過ごした時間と思い出が、今の私に大きく影響している。
 野菜ソムリエになってからは、見える景色が180度変わった。食べる楽しみが増大し、いろいろな経験をさせてもらい、多くの皆さまとのご縁も広がり、深い学びも得られている。これまでの経験と、新たに得た知識と体験とも相まって、私の進むべき道がここだったのかと思わずにはいられない。「八百屋の野菜ソムリエまきちゃん」の話を聞きたい、一緒にいると楽しい!と思ってもらえるような存在、そんな野菜ソムリエ像を目指して、今日も朝から配達へそして八百屋の店頭から発信を続けている。

中澤 真規さんのプロフィール
三重県在住。野菜ソムリエ上級プロ。家業である納めの八百屋中沢青果で働く傍ら、皆様の食選力向上と健康増進をめざし、野菜果物を軸に講演・講座など食育活動にも注力。レシピ提案も。第11回野菜ソムリエアワード(個人部門)『金賞』受賞。三重の魅力も探求&発信中♪
ホームページ https://www.teku-teku.jp/
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka