野菜ソムリエの思ひ出の味
実家のご近所から毎年いただいていた春の山菜

 私の思ひ出の味といえば、「春の山菜」である。子どもの頃、故郷の北東北では4月末から5月頃に春の山菜シーズンをむかえ、ゼンマイ、ワラビ、フキなどが採れていた。理容業を営んでいた実家の両親は週末も仕事があり、家族で山菜採りに出かけることはなかったが、山菜の時期になるとご近所から毎年たくさんのお裾分けをいただいていた。

 実家は田舎にあったため、あまり鍵もかけないような環境だった。近所の方が山菜採りに行った日は、黙って玄関の風除室に大量の山菜が届けられていたものだ。採りたての山菜は新聞紙に包まれて置かれ、大人でも抱えきれない程の量だった。我が家では山菜をいただくと、大きな樽を並べて塩漬けにするのが常だった。
 例えば、フキは葉を切り取ってからサッと茹で、ひとつかみ分をビニール紐で結ぶ。たっぷりの塩を振りながら、樽に漬け込み、最後に大きな石で重しをしていた。一度にお裾分けいただく山菜の量で、だいたい大きな樽ひとつ分くらいになった。紐で結んで小分けにするのは、後から取り出しやすくする工夫である。ひと束で調理1回分のような感じだった。
 塩漬けした山菜を調理するときは、まず塩抜きから始める。食べる分だけ樽から出して、水を張ったボウルに入れ、そこに水道の蛇口から細く水を垂らす。そのまま流水に当て続けること2日間。やっと塩抜きが完了する。今思えば、水が豊かな田舎だからこそできた方法なのかもしれない。しっかりと塩抜きをしたフキは、ごま油で炒めて醤油で味つけをする。子どもの頃はこれが一年中食卓に並んでいた。時には、さつまあげやサバ缶と一緒にさっと煮たものが並ぶこともあり、それもまたおいしかった記憶がある。

 大人になって故郷を離れ、私も親となった。娘たちを連れて実家に帰省した時のことだ。母が用意してくれた食卓には山菜料理も並んでいた。塩抜きしてごま油で炒め、醤油だけで味付けをしたいつもの山菜料理である。山菜の類は苦味や癖があり、幼稚園児の娘たちは食べられないだろうと思いこみ、食べることを強要はしなかった。食卓には他に子どもが好きそうな料理もいろいろ並んでいたのだが、娘たちは普通に山菜料理を口にした。しかも「おいしい!」と言ったのだ。幼い子どもでもおいしいければ食べられるということに感動した瞬間だった。
 以来、年に一度、実家から塩漬けの山菜を分けてもらうようになった。母がそうしていたように塩抜きをして、ごま油で炒め、味付けはシンプルに醤油のみだ。田舎の味を娘たちは喜んだ。しかし、あの塩漬けのフキはもう食べられない。実家の近所の方々が高齢化し、数年前から山菜採りに行くことができなくなってしまったからだ。生のフキであれば、毎年店頭で容易に入手できる。スーパーで購入した生のフキを調理して出してみたが、娘たちは実家の塩漬けのフキの方がおいしいと言う。娘たちにとっても、思ひ出の味になってしまったようだ。

 3人の娘たちはからだが弱かった。野菜を勉強したら何かが変わるのではと思い、野菜ソムリエになることを決めた。当時住んでいた宮城県で野菜ソムリエを取得し、もっと知識を得たいと考え、上の資格に進むことにした。その頃、県内ではプロコースの開講がなかったので、新幹線で東京まで通って、野菜ソムリエプロに合格した。資格取得後は日々の食事で野菜をさまざまに工夫して出すようになり、幼少期に病気がちだった娘たちは、中学・高校で皆勤賞をいただくほど元気に成長してくれた。
 千葉県在住の現在は、平日は地元の直売所で働き、月に2回の土曜日はいちかわごちそうマルシェ、月に1回は野菜ソムリエサミットの運営にも携わっている。小学校や行政からの依頼で野菜セミナーを行うこともあり、参加者はのべ15,000人を超えたと思う。普段、直売所などでよく耳にするのは、「野菜は調理が面倒」という声である。これからは、旬の野菜はあまり手をかけなくてもおいしく、旬を選ぶことで栄養価も高いといったことを、相手の目線に立ちながら地道に伝えていけたらと考えている。

南谷 志保さんのプロフィール
千葉県在住。野菜ソムリエプロ。自身の子育ての経験を活かし、資格取得後に延べ15,000人以上の小・中学生・未就学児~高校生の保護者向けに食育プログラムを考案し食育講座を行っている。NPO法人日本食育ランドスケープ協会理事。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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