野菜ソムリエの思ひ出の味
祖父母と育てたしいたけ

2015年9月2日UP
小学生の頃、当時専業農家だった祖父母の手伝いをよくしていたものだ。しいたけの収穫がピークをむかえる秋口には、祖父とともに獣除けの鈴を鳴らしながら険しい山の中へ入り、原木しいたけの収穫をして「根性がある!」と褒められたこともあった。一日中収穫をした後、夕方からは出荷作業が始まる。時には日付が変わるまで作業する日もあり、そういう日は唯一夜更かしが認められていた。その特別感にとてもワクワクしたものだった。
出荷作業ではパック詰めの計量を手伝っていた。100gに揃えていくのだが、幼稚園から手伝っていたので小学生でも手慣れたものだ。家族みんなで土間に座り、合間に夜食を食べながらワイワイと作業した。優しくてたくましい祖父が大好きだった私は、必ず祖父の隣を陣取り、くっつくように座って作業するのが常だった。

夜なべする日の夜食の定番は、炙りしいたけだった。間違って収穫してしまった赤ちゃんしいたけや、手が当たって傘が欠けてしまったしいたけを、祖父が用意してくれた七輪で炙って食べさせてくれた。しょうゆとしいたけの水分が滴り落ちるジュっという音と香ばしい香りは、食欲をそそるのに十分だ。傘が丸まっていてマッシュルームのような赤ちゃんしいたけはやわらかくて甘みがあり、最高の味わいだった。祖父が焼き、祖母が焼き加減を見計らって取り分ける。このコンビネーションも素晴らしかった。祖父はさっと炙って日本酒のお供に。私は両面をカリカリに焼いて、さらに小さくなった赤ちゃんしいたけを一口でぽいっと食べるのが好み。カリカリでも噛みしめれば水分と香りがじゅわっと出てくる絶妙の焼き方であった。炙りしいたけを頬張る私に祖父は「うまいかぁ?うまいかぁ?」と何度も聞いてきた。「おいしい!」と返事をした時の、祖父のあの満面の笑みは、大人になった今でも忘れられない。

サラリーマンだった父が、定年後に野菜作りを始めた。父の役に立てればと思ったのをきっかけに、野菜ソムリエの資格を取得した。父を手伝うための資格取得だったが、自分自身の人生が180度変わった。ライターの仕事、料理の仕事、憧れが現実になり、夢を取り戻せたように思う。私にとって、“やる気”と“やれる気”を与えてくれた資格となった。

しいたけ栽培については、祖父が倒れて以来中断していたが、昨年、父が山から木を切り出し、春に菌を埋め込んだ。来年から少しずつ収穫できるようになるだろう。約30年ぶりのしいたけ栽培の再開に、今から心が躍る思いだ。

西川満希子さんのプロフィール
山口県在住。アクティブ野菜ソムリエ、フードコーディネーター、家庭料理研究家。野菜ソムリエコミュニティ山口代表。この夏にオープンした山口県周南市「café dining&Deliプチポワ」を野菜ソムリエとしてプロデュースしている。この事業を通して地元生産者さんの力になりたいと活動中だ。
café dining&Deliプチポワ https://www.facebook.com/bd.petitpois

取材 / 文:野菜ソムリエ / ベジフルビューティーアドバイザー タナカトウコ