野菜ソムリエの思ひ出の味
庭先の蓬莱柿と、母の甘露煮

 石巻にあった実家の庭先には、存在感のあるイチジクの古木があった。品種は「蓬莱柿」だ。幼い頃は、イチジクの葉の形が好きでただじっと眺めたり、おままごとでお皿にして遊んだりもした。毎年秋になると、そんなに多くはないがイチジクが実る。それがとっても楽しみだったことを覚えている。


 イチジクが熟すと、母はそれを「甘露煮」にしてくれた。大きな鍋に重ならないように並べ、ゆっくりコトコトと煮る。味付けはシンプルにザラメのみ。母は砂糖の加減を祖母に確認しながらつくっていた。しばらくすると台所から甘〜い香りが漂ってくる。茶の間のテーブルで、その香りを楽しみながら出来上がりをワクワクして待っていたものだ。実家は商売を営んでいたので、母は毎日とても忙しくしていた。イチジクの甘露煮は、そんななかで年に一度母がつくってくれる数少ないデザートのひとつだった。
 イチジクが煮上がると茶の間のテーブルに茶菓子や漬物とともに並べられた。出来立ての甘露煮をスプーンですくって食べると、甘い香りとつぶつぶの食感が口にひろがる。それが子ども心にもたまらなく好きで、小さめのものは2〜3個続けて食べたものだ。そこにはいつも祖母が一緒にいて、甘さに満足してうなずきながら食べていた光景が思い出される。出来立てはもちろん、冷めた甘露煮もなかなか味わい深く、いつもあっという間になくなった。みんなに振る舞うのが大好きな母は、店に来るお客さんにも振舞っていたようだった。

 イチジクの魅力は、独特の食感と絵になる外観、煮ても生でもおいしくいただけるところだろうか。今から30年ほど前、上京して夫と出会った頃のことだ。都内のイタリアンレストランで、生ハムに包まれた生イチジクをいただいた。イチジクが生で食べられることに驚き、その味わいに感動もした。イチジク料理は無限だと感じた瞬間でもあった。

 野菜ソムリエになったのは、某アパレルの、マクロビオティックでオーガニックな野菜料理を提供する社員食堂で働いていた時のことだ。野菜の知識を得たいと思ったのがきっかけだった。現在は退職して、日本野菜ソムリエ協会認定料理教室を中心に活動中である。長年の憧れだった教える側に挑戦することができて、とても幸せに思う。
 少し前にJAふくれん様からの依頼で実施した料理教室では、セミドライと生の2種のイチジクをつかったパエリア、生のイチジクに生ハムを巻いたフリッター、母の甘露煮を思い出しながらつくったコンポートなど様々なイチジク料理を提案させてもらった。これからも産地や生産者さんとの架け橋になって野菜果物のおいしい食べ方提案をしていきたいと思っている。

 余談だが、実家のイチジクの木はもう存在しない。3.11の震災で、家も庭の木もすべて海へと流されてしまったからだ。家族は無事だったが、ご近所さんや幼なじみは亡くなり、いまだに見つからない親戚もいる。実家が無くなってイチジクの木のことは忘れていたが、時が経過した今、ふと思い出しせつない気持ちがこみあげてくることもある。ゆえに、イチジクへの思いが強いのかもしれない。

松本 久美子さんのプロフィール
東京都在住。野菜ソムリエプロ、冷凍生活アドバイザー。日本野菜ソムリエ協会認定料理教室「CUCINA CUORE心の台所」を主宰。自宅にて料理教室開講中。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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