野菜ソムリエの思ひ出の味
とにかく大好きなきゅうり

 私は子どもの頃からきゅうりが大好きである。そんな私のために、母は忙しい合間をぬって、いつもきゅうりのぬか漬けを用意してくれていた。
 夕食は、必ず19時ぴったりに家族5人揃って食べるのが決まりだった。遅くまで仕事がある母の代わりに、おかずは父がつくることが多かったが、きゅうりのぬか漬けだけは母が漬けてくれたものだった。母は自宅でのピアノ教室の仕事を18時50分まで行い、夕食までの10 分の間にぬか床からきゅうりを取り出して、高速で切って盛り付けていた。私はごはんをよそいながら、その素早い包丁さばきをすごいなと思いながら眺めたものだった。母はぬか漬けのきゅうりをとても薄い輪切りにする。私が同じように切ると、切った端から転がっていってしまうが、母が切ると転がらないのである。今でもそれを不思議に思う。

 薄く輪切りにされたきゅうりのぬか漬けは、いつも食卓の真ん中に置かれた。そしてそのほとんどを最初に私が独り占めして食べてしまうのも常だった。ある程度、きゅうりを食べて満足しないと、他のおかずを食べる気にならなかったからである。そして、私がきゅうりを食べてしまうことに対して家族からクレームがあるのも毎度のことだった。

 私がそれほどまでにきゅうりが好きだということを、母から聞かされていた義母は結婚当初から私をきゅうり攻めにしてくれた。義母宅に行くといつも、縦の縞模様に皮をむいて塩をまぶしたきゅうりが瓶に立てられていた。私のために義母がはりきって準備してくれたのだった。料理が得意な義母は、トマトやタマネギなど他の野菜と組み合わせたサラダや酢の物、棒棒鶏など、他にも本当に私の好みにあったきゅうり料理を様々につくってくれていた。そのもてなしぶりに、世の中には、何日もかけておいしい料理や人の好みに合わせた献立を作る母親というのが本当に存在するんだと軽いショックさえ覚えたものだった。もしかして、世の中のお母さんは皆そういうものなのかとも思い、難しそうではあるが、自分もこういう母親になれたらいいなと思うようになった。

 実母には、忙しいなかで1品でもおふくろの味を残してくれたことに感謝している。また、私もたまにぬか漬けをやってみるのだが、1年も続かない。今になって、ぬか漬けをずっと続けていたことがどんなにすごいことだったのかとあらためて感じている。
 義母からは、食べる人の好みを考えて、その人が喜ぶ料理をつくることが幸せだということを学んだ。そして私も食べる人のことを考えて料理をつくることを心がけるようになった。毎日というのは難しいが、なるべく惣菜やレトルトなどを利用せずに、素材から料理するようにも心がけ、おせち料理などは義母を見習ってすべて手づくりするようになった。その義母は認知症になり、数年前からまったく料理ができなくなってしまった。もっともっと料理を習いたかったし、写真にもとっておけばよかった。ほんの少し後悔の気持ちがある。

 野菜ソムリエになったのは、子どもが受験生なので、仕事をセーブして何か勉強をしようと思ったことからだったが、義母から料理で愛を表現することを学んだこと、また健康面が気になり始めた夫が医者から野菜を勧められたことも、きっかけのひとつになっている。現在は、野菜ソムリエプロの資格取得に挑戦中。講師や受講生から多くの刺激を受け、さらに視野を広げている。

浜田ちぐささんのプロフィール
東京都在住。野菜ソムリエ。稲城市の健康な食事づくり推進委員会で料理教室などを行っていた。持病や体型の変化、家族の健康などの目的で栄養について学び、興味が広がり現在野菜ソムリエプロ講座を受講中。
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written by

タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
インスタグラム toko_tanaka