野菜ソムリエの思ひ出の味
ずいきの炊いたん

 地域によって違う野菜があることを認識したのは、結婚後の転勤で大阪を離れた時だった。時季になれば当然のようにあるものと思っていた野菜が売られていなかったのだ。なかでも特に恋しかったのは「ずいき」だった。最近では関東でも見かけるようになり、乾物で出回っていることもある。しかし当時の転勤先では見かけることがなかった。聞いてみると、食べたことがない、知らないと言う方もいた。一方で、私が知らない野菜が普通に売られていた。驚きだった。今から30年ほど前のことだが、思えばそれがのちに野菜ソムリエとなる第一歩だったかもしれない。

 実家では、祖父母、叔父叔母と大人の大家族だった。祖母と母がつくる夕飯は、子どもの頃からずっと地元野菜中心の和食で、ずいきの炊いたん、菜っ葉の炊いたん、大根の炊いたんなど、それぞれ単品で炊かれた野菜の煮物が何種類も食卓に並んでいた。学校に持っていくお弁当のおかずもまた和食。夕飯の残り物ではなく、お弁当用に新たに炊かれた煮物だったが、彩りが少なくて女子力低めに感じる見た目を寂しく思っていた。大人になった今なら手のかかった贅沢な献立だとわかるのだが、幼かった私は茶色いだらけの煮物を見て、ハンバーグが食べたいとさえ思っていた。
 ずいきは、フキのように外の薄皮と筋をとらなければならない。アクで指は赤黒くなるし、下茹での必要もある。なんとも手間のかかる野菜だ。実家では大鍋で下茹でしてから、だしで炊いてくれていた。祖母と母のレシピでは、野菜はかつお節と昆布のだしで炊くのだが、ずいきを炊く時だけはいりこをプラスする。生のずいきが出回る短い期間は、毎日のように小鉢で出されていた。温かくても冷たくてもおいしく、あっさりとした味わいのお惣菜であった。
 包丁を使うこと数回で嫁ぐことになった私に、母はレシピノートを持たせてくれた。そのノートをみながら「ずいきの炊いたん」をつくる度、下ごしらえの手間を惜しまない、料理好きな母に尊敬の念があふれてくる。また、実家のある大阪では出産後に乾燥ずいきを食べると肥立ちがよいとの言い伝えがある。私が出産した時には毎日炊いて産院に持ってきてくれていた。ずいきは、私の人生の節目節目で多くの思ひ出が詰まっている。
 今でも、ずいきや若ごぼうの季節になると母急便が届く。中身は、母が丁寧にこしらえた煮物である。夫や子どもたちは「おばあちゃん便の日やね」と喜んで食べている。

 野菜ソムリエになったのは、2010年。料理関係の仕事を始めたことがきっかけだった。資格取得後は、食への意識や視野が広がり、仕事上でも積極的なメニュー提案ができるようになった。今後は、生活者として特別ではないけれど、一緒に料理やイベントをしたい、アドバイスが欲しいと思っていただけるような、暮らしに溶けこむ野菜ソムリエでありたいと思っている。

山根 景子さんのプロフィール
千葉県在住。野菜ソムリエプロ。調理師・キッチンデモンストレーター。野菜ソムリエコミュニティちば 副代表兼宴会部長。千葉の野菜伝道師協力隊として県内網羅すべく、サークル「るる部」を立ち上げる。野菜と野菜ソムリエ仲間とたくさん出会いたい。
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タナカトウコ

/取材・文

野菜ソムリエプロ、ベジフルビューティーアドバイザー。薬膳や漢方の資格も複数保有し、「食」を軸に多角的に活動中。書籍に「日本野菜ソムリエ協会の人たちが本当に食べている美人食」「毎日おいしいトマトレシピ」「旬野菜のちから−薬膳の知恵から−」等がある。
ホームページ http://urahara-geidai.net/prof/tanaka/
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